| アイルランドに行こうと思ったのは何故だか分らない。ある日ふとアイルランドの北のロンドンデリーから南のコークまで歩いてみようと思ったのである。 アイルランドに何か特別の因縁があったわけでもなく、また、この国に詳しい訳でもない。 思いつくことを書いて見ると; 『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラが最後にタラへ行こうと言っていたのを、アイルランド魂のお父さんのこと共に思い出す。 ダブリンの聖パトリック教会にあるというスイフトの恋人ステラの遺髪を見てみたい。キャロルがこれに触発されての詩を書いているのでそんなことが心の隅っこにある。 イェイツの故郷,スライゴーへ行ってみたいが、そのイェイツは本だけは少し集めただけで余り読んでいない。彼が街中(ロンドン?)でふと思い立って I will arise and go now, and go to Innisfree: と歌ったはそこに故郷があるからだが、私の故郷ではない。 まあ、言葉が通じて歩くには丁度の大きさというくらいのものかもしれない。 「予もいづれのとしより、片雲の風にさそわれて、漂泊のおもいやまず」がぴったりなので、この旅は「アイルランドの細道」の旅と名付けておく。 #1 |




Re^1: 旅の目的
2008-07-14 15:28芭蕉の「奥の細道」では1行触れられているだけであるが、大変なことが書いてある。つまり、旅立つ前に「住めるかたは人に譲り、杉風の別墅(しょ)に移るに、・・・」とあり、芭蕉はもう元の所に帰らない覚悟だ。
旅は過去との決別をも意味していた。そのために彼は身辺をすっかり片付けた。そのことにやっと気づいた。
私は元のところへ帰る。しかし、芭蕉と同じように身辺すっかり整理して、旅に出よう。といってもそんな大げさなものではなく、私の身辺といえば、おびただしい本とトランクルーム1杯分の絵であるだけである。これを整理して旅に出よう。いつも、家人や息子達に注意されていることを旅立ちの目的の一つに加えよう。時間はかかるがやらなければならない。#16