アイルランドの細道
アイルランドを北から南まで徒歩で旅するーその準備から旅の終わりまで
Alice in Tokyo
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須賀敦子の『ヴェネチアの宿』は、彼女の筆の対象が、次第に彼女の生涯を遡ると共に、純度を増していく作品であるが、その中に「大聖堂にて」という文がある。はじめてのパリ留学の翌年1954年、カトリックの司祭の提唱になる、シャルトル大聖堂への、学生達による2日間の巡礼の旅のことについて書いた文章がある。この行程をくわしく写し出しているのであるが、その2日目: 「3時を少し過ぎたころ、小さな叫び声につづいて、シャルトル、カテドラル、という声が上がり、もういちど拍手がおこった。ずっとむこうのなだらかな地平線に、針の先のような尖塔のテッペンが、まず一本、それから二本、見えはじめた。大聖堂だ。シャルトルの聖母をたたえる賛歌がわきおこる。アヴェ・アヴェ・アヴェ・マリアというルフランで終わる、マリア賛歌の替え歌だ。 歩くにつれて、ふたつの塔のかたちがはっきりしてくる。はじめは、えっ、どこに?と視界のなかを探すほどだったが、だんだん確実に見えるようになった。・・・・ 」 このときの彼女の感動は、歩いて見てはじめて分る類のものである。 アイルランドには、シャルトル大聖堂のようなカテドラルはない。といっても私は まだこの大聖堂を訪れたことはないのだが、ミラノ、ケルンなどの聖堂から想像が付く。セント・パットリック教会もこれらの大聖堂に較べれば、小さい。でも、アイルランドを歩いてみて、どんな小さな教会の尖塔でも、一歩一歩歩く旅人には、本当に嬉しい、心の目標であった。
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教会の尖塔
2010-01-07 17:07
朝から歩いて、3時ごろになると、草臥れはじめ、今日たどり着くはずの町が気になって来る。アイルランドでは広々と見通せる所が多いので、目は遠くかなたを追い、何か尖った物はないか探すし始める。町といっても、日本の町に較べると小さいものがほとんどなのだが、必ず教会があって、その尖塔が遠くから見えるからである。それが、見えると一安心なのである。1時間も歩けば町に着く。教会とパブ、これが町(村)の最小限の道具立てで、銀行や郵便局、レストラン・・・と加わるが、メインストリート呼べるようなものが100メートル位のものが多い。旅人にとっては教会の尖塔を発見すると、胸にぱっと小さな喜びが破裂する。これが、地の人なら、これに帰ってきたかという安堵感が伴うと思う。
ランドマークとしての教会の尖塔のいかに大切か歩いてみると良く分かる。
ミレーの「晩鐘」の遠景に教会の尖塔が見える。教会の鐘の音によって祈りを始めたものと思われるが、尖塔は彼らが帰る方向を指し示している。
須賀敦子の「コルシア書店の仲間たち」の中に、ミラノから20キロほど離れた所へ、所用で出かけ、はるか彼方に光る細いもが、ミラノの大聖堂の尖塔であるとわかったときの衝撃について書いている。
「ふだんは日常の一部になりきっていて、これといった感慨を持たなかったミラノだったのだが、朝の陽光に白く輝く大聖堂の尖塔のイメージに触発されて、いいようもなくなつかしい、あれが自分の家のあるところだ、といった感情をよびさまし、ほとんど頬がほてるほどだった。・・・」
教会の尖塔は、何百年もの間、位置を示す目印であり、人の心の目印のようなものを提供してきた。教会の、特に大聖堂の尖塔がどうしてあんなに高いのかも理解できる。
日本では、そのようなものがあるとすれば、五重の塔であろうか。私にとって、昔、東寺の塔が、関西に帰ってきたというシンボルで時期があったが、今、そんな感慨は起きない。
都市も最初はランドマーク的な高層ビルが一本建って入る頃はそれなりの感慨を呼んだと思うが、いまや高い建物が多すぎる。そのような目印がなくなって、同時に人の心もあてどない、不安定なものになったような気もする。
もし、教会の尖塔の持つ、心の目印のようなものを見てみたいなら、アイルランドをはじめ出来るだけ広々としたヨーロッパの田舎を徒歩で歩くのが良いと思う。
尖塔を遠望した写真を撮らなかったので、ミレーの絵を借用。
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▲
Re^1: 教会の尖塔
2010-01-10 11:08
上記の須賀敦子の本は、暮にKさんが読んでおられるのに刺戟されて、読み返したものです。1992年発刊された当時に、一度読んでいるのですが、中身を見事に忘れていて、はじめて読む感じでした。
引用した後、もう少し丁寧に引用しないと著者に礼を失すると思うようになりましたので、前後を加えておきます。
「ひとりでミラノを出ることがほとんどなかった私は、なんとなく心細い気持ちで、その道を歩いていた。そのとき、ポプラ林のあいだの、ずっと遠いところ、ミラノの方向と思われる地平の一点に、小指の先よりも細いなにかが、太陽の光線をうけて、ちらちらと白く光っているのが見えた。
ちらちらと白く光っているものが、ミラノの大聖堂の尖塔だとわかるのに、それほど時間はとらなかった。あ、ミラノだ。とっさにそう思ったのだが、そのことで心がはずんだことに、私は小さな衝撃を受けた。[上記引用部分が入る]
日本が、東京が、自分のほんとうの土地だと思いこんでいたのに、大聖堂
尖塔を遠くに確認したことで、ミラノを恋しがっている自分への、それは、新鮮な驚きであった。」(文芸春秋社刊の同書の「街」より)
須賀敦子にとって、ミラノがどんな意味を持つか、それは、この本全部を、あるいは、他の作品も読まないとつかめません。社会の底辺に近い人から、インテリ、貴族と驚くほど多様な人々のと付き合いがあって、それが、彼女の宝物として、読者の前に差し出されます。
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Re^2: 教会の尖塔
2010-01-26 21:41
須賀敦子の『ヴェネチアの宿』は、彼女の筆の対象が、次第に彼女の生涯を遡ると共に、純度を増していく作品であるが、その中に「大聖堂にて」という文がある。はじめてのパリ留学の翌年1954年、カトリックの司祭の提唱になる、シャルトル大聖堂への、学生達による2日間の巡礼の旅のことについて書いた文章がある。この行程をくわしく写し出しているのであるが、その2日目:
「3時を少し過ぎたころ、小さな叫び声につづいて、シャルトル、カテドラル、という声が上がり、もういちど拍手がおこった。ずっとむこうのなだらかな地平線に、針の先のような尖塔のテッペンが、まず一本、それから二本、見えはじめた。大聖堂だ。シャルトルの聖母をたたえる賛歌がわきおこる。アヴェ・アヴェ・アヴェ・マリアというルフランで終わる、マリア賛歌の替え歌だ。
歩くにつれて、ふたつの塔のかたちがはっきりしてくる。はじめは、えっ、どこに?と視界のなかを探すほどだったが、だんだん確実に見えるようになった。・・・・
」
このときの彼女の感動は、歩いて見てはじめて分る類のものである。
アイルランドには、シャルトル大聖堂のようなカテドラルはない。といっても私は
まだこの大聖堂を訪れたことはないのだが、ミラノ、ケルンなどの聖堂から想像が付く。セント・パットリック教会もこれらの大聖堂に較べれば、小さい。でも、アイルランドを歩いてみて、どんな小さな教会の尖塔でも、一歩一歩歩く旅人には、本当に嬉しい、心の目標であった。
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Re^1: 教会の尖塔
2010-01-10 11:08引用した後、もう少し丁寧に引用しないと著者に礼を失すると思うようになりましたので、前後を加えておきます。
「ひとりでミラノを出ることがほとんどなかった私は、なんとなく心細い気持ちで、その道を歩いていた。そのとき、ポプラ林のあいだの、ずっと遠いところ、ミラノの方向と思われる地平の一点に、小指の先よりも細いなにかが、太陽の光線をうけて、ちらちらと白く光っているのが見えた。
ちらちらと白く光っているものが、ミラノの大聖堂の尖塔だとわかるのに、それほど時間はとらなかった。あ、ミラノだ。とっさにそう思ったのだが、そのことで心がはずんだことに、私は小さな衝撃を受けた。[上記引用部分が入る]
日本が、東京が、自分のほんとうの土地だと思いこんでいたのに、大聖堂
尖塔を遠くに確認したことで、ミラノを恋しがっている自分への、それは、新鮮な驚きであった。」(文芸春秋社刊の同書の「街」より)
須賀敦子にとって、ミラノがどんな意味を持つか、それは、この本全部を、あるいは、他の作品も読まないとつかめません。社会の底辺に近い人から、インテリ、貴族と驚くほど多様な人々のと付き合いがあって、それが、彼女の宝物として、読者の前に差し出されます。
Re^2: 教会の尖塔
2010-01-26 21:41「3時を少し過ぎたころ、小さな叫び声につづいて、シャルトル、カテドラル、という声が上がり、もういちど拍手がおこった。ずっとむこうのなだらかな地平線に、針の先のような尖塔のテッペンが、まず一本、それから二本、見えはじめた。大聖堂だ。シャルトルの聖母をたたえる賛歌がわきおこる。アヴェ・アヴェ・アヴェ・マリアというルフランで終わる、マリア賛歌の替え歌だ。
歩くにつれて、ふたつの塔のかたちがはっきりしてくる。はじめは、えっ、どこに?と視界のなかを探すほどだったが、だんだん確実に見えるようになった。・・・・
」
このときの彼女の感動は、歩いて見てはじめて分る類のものである。
アイルランドには、シャルトル大聖堂のようなカテドラルはない。といっても私は
まだこの大聖堂を訪れたことはないのだが、ミラノ、ケルンなどの聖堂から想像が付く。セント・パットリック教会もこれらの大聖堂に較べれば、小さい。でも、アイルランドを歩いてみて、どんな小さな教会の尖塔でも、一歩一歩歩く旅人には、本当に嬉しい、心の目標であった。