![]() | アイルランド出身の作家と言えば、ジョイス、ベケット、イエーツ、スイフト・・・と色々あるが、余り彼らの本を読んでいない。前にも書いたが、『ガリバー旅行記』のジョナサン・スイフトは、中野好夫の『スイフト考』を読んでなんとなく親しみがあり、ダブリンでは是非、彼が大司教をしていたという、聖パトリック教会へ行こうと思った。そして、ダブリン到着2日目で、その目的を達した。そのときのことは既に書いているが、http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a344が、思い出して、もう少し、書いて置きたい。昼にギネスを飲んで、聖パトリック教会についた頃は、私の自然の要求は極度に達していて、教会へ行って真っ先にした事は、係りの人に、トイレの場所を聞いたことだった。ところが、そのトイレのドアが立て付けが悪く、なかなか開かない。どうしようかと思っていると、ドアに張り紙がしてあって、思い切り引っ張れと書いてあった(と思う)。用を済ますと現金なもので、大きな顔をして、教会内を見て回った。構内は想像よりやや小さかった。勿論、スイフトとステラの墓は床面にハッキリわかった。観光客の多かったが、折から、コーラスがあって、思わぬ教会の静かさで我々を包み込んでくれた。波乱万丈の生涯のひと時を、この教会のDeanとして過ごしたスイフトが、遺品に恋人ステラの一房の髪を残している。このことは結構有名ならしく、後に、ルイス・キャロルが詩でも取り上げているのであるが、この一房にお髪を見ないで済ましてしまった。最近、このキャロルとスイフトの思わぬ関連が私の興味を引いた。それは、精神医科のPhyllis Greenacreという人の書いた、Swift and Carrollと言う本で、ガリバーもアリスも体の大きさの変化があることに関心を持ち研究をした方である。半世紀以上前の1955年の本で、二人の史実を細かく調べておられるのには頭が下がる。面白いことがわかればまた報告しましょう。 聖パトリック教会を出て、私は全く方向感覚を失なったようで、反対の方角を歩いてしまった。途中で気付き、中心街へと引き返したが、それもいい思い出である。 写真:スイフトとステラの墓。 |
| May All our troubles in Life be ones that wear school bags on thier back's. この格言の意味について、イギリス人のフィリップさんが次のように解説してくださいました。和訳して紹介します。 「引用のアイルランドの格言は素晴らしいもので、日本人なら容易に想像できます。背中にランドセルを背負っているのは誰でしょう?勿論、子供たちです。 私は、日本へはじめて来た時、小学校の生徒がすべてランドセルを背負って学校へ行き、そのランドセルはその学校の特有なものだという事実に驚きました。ですから、この格言の意味は次のとおりです。 あなたのこの世で経験するトラブルは、あなたの子供から来るトラブルだけでありますように!それ以上に厳しいものでないように! 子供は祝福と見なされます。したがって、子供達がどんなトラブルをひき起こそうとそのトラブルに耐えることを我々は厭いません。 この格言はまた次の意味も持ちます。 どうかあなたに子供を授かりますように!」 この格言を贈ってくださったマリアンさんが、3歳、2歳、半歳の子供を抱え、B&Bの女将として獅子奮迅の毎日を送っておられることを考えると大変味わい深く感じます。 |
![]() | この宿はリムリックのホテルで、ヘレンさんからいただいたB&B便覧から探して、取ってもらった宿だったと思う。大変由緒ありげなB&Bなので、立派なHPもあるのでそれを見て欲しい。http://www.theoldbank.ie/ 一日歩いてたどり着いて、このB&Bの玄関のベルを押したが、誰も出てこない。困っているところ、ここに泊っている客が帰ってきて、玄関の鍵を開けて(B&Bは玄関の鍵と部屋の鍵を渡されている)奥の女将を呼んでくれました。この時のことは http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a447 http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a448に書いてあります。 そこに書いたように、まず女将がしてくれたことは、私のような旅行者がもっとも気になる、翌日の宿をまず確保してくれた事です。小さな子供を抱えて、体当たりで、私のような旅人に対応しようとする、その姿に感動しました。肝っ玉母さんと言うには余りもにも若い。去るとき、サインをお願いしたら、 "May the road rise before you, and the wind be at your back" というアイルランドの格言を書いてくださった。 余談になりますが、この言葉を書いた絵皿を、帰りのダブリンでの滞在中、ダブリン城の地下の売店で売っていたので息子夫婦のお土産に買った帰りました。絵皿の文言は http://www.links2love.com/poetry_91.htm の第1節である。 歩いていて、向かい風と追い風とはずいぶん違い、”the wind be at your back"は歩いて旅をしないとわからないと思う。 半年たって、昨日、旅が無事だったことメリークリスマスの挨拶を送ったら、メールをしたら、彼女からすぐ返信があった。ちょっとアイルランドなまりの英語なのだが、判読すると次のようになります。 「おはよう ヒロム あれから、たびたびあなたのことを思いました。うまくいって嬉しいです。 あなたのエネルギーに神よ祝福あれ。あなたの行程について、沢山のお客に話しました。 私たちの家が良い思い出となっていて嬉しいです。 パットと私、そして、とてもはしやぐ3人の子供 (パトリック3歳、ムアーリーン2歳、エリン5ヶ月)から メリー・クリスマス 活気にあふれた新年をお迎えください。 マリアンとその家族より」 マリアンとその家族のお幸せを願って止みません。 写真はマリアンさんとご主人。 |
![]() | 旅行中びっくりしたことの一つは、アイルランドの方と結婚してリメリックに住んでおられる日本女性が、私のブログを読んでおられて、たまたまご家族と旅行の道すがら私を見つけて声をかけてくださったことである。It's a small world ! そのときのことは http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a449に書いています。 この方はHPを持っておられて、帰国してから、時々見て、アイルランドのことを思い出しています。「順ちゃんのアイルランド・ライフ」http://www1.cjnavi.co.jp/ireland-e/reynolds.php ご覧ください。最近ではお米のアイルランド事情が出ていて、アイルランドで白いご飯が恋しくて、カレーなどを取って食べた時の、お米のことが思い出させました。 新しいトピックは「クリスマス・キャロル」。やがてアイルランドのクリスマスの話が聞けるのを楽しみにしています。 写真:道標は歩いて旅する人間には大変重い意味があるので、思わずシャッターを押してしまう。 |
![]() | ボイルは12世紀の修道院跡や18世紀の貴族の館キング・ハウスがあり、近くにロッホ・キイ森林公園もあって、2日ぐらいゆっくり過ごしたい場所です。 私にとって、ボイルは、泊ったB&Bの女主人ブレンダさん、観光案内所のアンさんとの出会いが心に残りました。 この時のことはhttp://xbbs.knacks.biz/irelandho/a398とhttp://xbbs.knacks.biz/irelandho/a399に書いてあります。 このB&Bのホーム・ページはhttp://www.rosdarrig.com/ 大変素晴らしいB&Bで町の中心へは10分ぐらいで出ることができ、静かな宿です。何によりもブレンダさんが素晴らしい。物静かでやさしく、一陣の綺麗な風が吹き抜けるような清らかさがあります。車で彼女の好きな公園へ連れて行ってもらいましたが、そのひと時は心に残るものでした。 私のメールについての返事はこんなものでした。ちょっとオーバーに意訳しておきます。 「Hi Hiromu, この世であなたにお会いできてよかった。あなたは素晴らしいを旅をしていると思いました。あなたとご一緒に撮った素敵な写真を持っています。もう一枚は娘とご一緒のものです。無事帰国されてうれしいです。親戚が東京にいますので、いつか東京に行きたいと思います。お大事に。and thanks a million for your e-mail. かしこ Brenda McCormack」 実を言うとブレンダさんの英語は私には聞き取りにくく、何度も聞き返しながらの会話でした。そう言えば、親戚が東京にいるといっておられたのを思い出したが正確に思い出せません。 勿論、「東京に来られたら是非お会いしたい」と返信しましたが、もし、来られたら何処へご案内しようかと思います。というのは、彼女が案内してくれた公園は、おそらく東京の全公園をあわせた以上の広さがあると思いますし、彼女が愛している湖とそれを囲む深々とした森林は東京にはないからです。 写真はRosdarrig B&B |
![]() | デリーがら歩き始めて、最初の宿でもあり、Farmhouse というのも初めてなので、思い出深いものがあります。まず、ルイーゼさんとその妹さん?ローズマリーさんの素朴な暖かい人柄に打たれます。場所は丘の斜面に建っていて、前は羊や牛が放牧されており、はるかかなたの丘陵まで開けた眺望は見事なものです。デリーからレタケニーに行く途中一泊するとしたら、お勧めします。部屋も朝食も素晴らしいものです。 その時のことは、ここを参照ください。後者には家の写真を出しております。 http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a355 http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a356 街道にはこんな看板が出ています。 http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a535 昨日、ふと思いついて、「デリーからコークまで徒歩旅行をしていた日本人のことを覚えていますか?」と、わたしの歩いた経路図(古市さんが作ってくださったもの)を添付して、メールしましたら、折り返しこんな返事がきました。意訳しておきます。 「Dear Hiromu 覚えていますよ。私たちはあんな徒歩旅行をするあなたの勇気を皆に話してきました。あなたをお泊めできて嬉しかったです。私たちには95歳の叔父がいて、3週間前に亡くなったのですが、彼はあなたに似ていました。そして「ルイーゼ、何であれ、あなたの夢を追いなさい」と言って、私たちに新しい冒険を勧めていました。 今、私たちはDextersという珍しい血統の子牛19頭を飼っています。これが私たちの新しい挑戦なのです。というのは自分たち自身で牛を飼うのは初めてですので。これらはアイルランド牛の原種なのです。 あなたが帰国して、きっと家族は喜ばれたことでしょう。 あなたとご家族に神のご加護ありますように。 Louise」 もし、どなたか、この宿に泊られた方があったら、ルイーゼさん、ローズマリーさん、そして、子牛たちの様子をお聞かせいただけるとうれしいです。 案内書によると営業は2月1日から12月18日までとなっていますからご注意ください。 詳細情報 http://www.irishfarmholidays.com/ifh/index.cfm?fuseaction=browse.showFarm&farm_id=81 写真:Amara Farmhouse の朝食。 |
![]() | 旅行案内書に出て来ないので、是非書いて置きたい料理がある。 それは「今日のスープ」である。大抵のレストランのメニューにはこれがあるので、私はこれをよく取った。 このスープは、ポタージュのようなどろりとしたスープで、材料は何か良くわからないが、野菜が主成分のポタージュだと思えばよい。店によって差があるが、スープ皿ではなく、大きなカップのようなもので供されることが多かった。味の事を表現するのは難しいが、なんとも懐かしい味で、食べた後、丁度、味噌汁でも飲んだような安堵感があった。味噌汁のように、その日によって材料が変るのであろう。 旅をしていると汁気のものが欲しくなるので、以前ドイツに行った時もよくスープ(ズッペ)を取った。ドイツのズッペは高かったという記憶があるが、アイルランドでは3、4ユーロではなかったかと思う。これに、黒パンが2枚とバターが添えられているので、これだけでも一食となる。しかし、これだけを頼むのは、食堂で味噌汁とご飯だけを注文するようで気が引けて、もう一品頼むと、日本人の感覚では食べきれないほどの量となることが多かった。アイルランドの食べ物は私の口に合って皆おいしかったが、中でも「今日のスープ」は何処で食べても裏切られなかった。 アイルランドを旅する人に是非お勧めしたい料理である。 同じような経験の方はいないかと、ネットで検索したら、朝尾幸次郎という方の「今日のスープ」という記事が目に付いた。 http://www.eng.ritsumei.ac.jp/asao/usage/usage018.html これは、アメリカの東海岸の話であるが、この方も「今日のスープ」を勧めておられる。 写真は路傍の花たち |
![]() | 私はこの宿を、ダブリンの北アイルランド観光案内所で手配しました。この観光案内所はトリニティー・カレッジの南側の通り、ナッソウ通りの中程にあります。係りの女性が先方に電話を入れてくれました。 デリーに着いて、バスターミナルから10分ほど歩いたでしょうか、ごく普通の家といった感じでした。この宿は「地球の歩き方ーアイルランド」にも出ています。小さなプレートがあるだけでややわかりにくいとあります。その玄関の写真を掲げておきます。ごく普通のB&Bといってよく、ベルを押して、出てきてきてくれた主人のペーターさんは学校の先生上がりといった穏やかな、親しみのある方でした。部屋は普通、食堂は大変落ち着いた、見事なテーブル・セッティンです。食堂の後ろにキッチンは勿論、ペーターさんの書斎があります。かなり高い天井まで、書架になっていて、蔵書から歴史や旅行がお好きだとわかります。奥さんは直接表面には出られませんが良い方です。私がインタネットとの接続を試みた際、ネットワーク・キーを教えてくださったのも奥さんで、建物の何処が無線ランの受信がやりやすいかも教えたくださいました。 デリーの城内を中心とすれば、そこへも数分歩けば行けますので、デリーの宿としてはまずまずの立地条件だといえます。 無難な宿としてお勧めします。 http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a347参照 |
Re^1: 教会の尖塔
2010-01-10 11:08引用した後、もう少し丁寧に引用しないと著者に礼を失すると思うようになりましたので、前後を加えておきます。
「ひとりでミラノを出ることがほとんどなかった私は、なんとなく心細い気持ちで、その道を歩いていた。そのとき、ポプラ林のあいだの、ずっと遠いところ、ミラノの方向と思われる地平の一点に、小指の先よりも細いなにかが、太陽の光線をうけて、ちらちらと白く光っているのが見えた。
ちらちらと白く光っているものが、ミラノの大聖堂の尖塔だとわかるのに、それほど時間はとらなかった。あ、ミラノだ。とっさにそう思ったのだが、そのことで心がはずんだことに、私は小さな衝撃を受けた。[上記引用部分が入る]
日本が、東京が、自分のほんとうの土地だと思いこんでいたのに、大聖堂
尖塔を遠くに確認したことで、ミラノを恋しがっている自分への、それは、新鮮な驚きであった。」(文芸春秋社刊の同書の「街」より)
須賀敦子にとって、ミラノがどんな意味を持つか、それは、この本全部を、あるいは、他の作品も読まないとつかめません。社会の底辺に近い人から、インテリ、貴族と驚くほど多様な人々のと付き合いがあって、それが、彼女の宝物として、読者の前に差し出されます。
Re^2: 教会の尖塔
2010-01-26 21:41「3時を少し過ぎたころ、小さな叫び声につづいて、シャルトル、カテドラル、という声が上がり、もういちど拍手がおこった。ずっとむこうのなだらかな地平線に、針の先のような尖塔のテッペンが、まず一本、それから二本、見えはじめた。大聖堂だ。シャルトルの聖母をたたえる賛歌がわきおこる。アヴェ・アヴェ・アヴェ・マリアというルフランで終わる、マリア賛歌の替え歌だ。
歩くにつれて、ふたつの塔のかたちがはっきりしてくる。はじめは、えっ、どこに?と視界のなかを探すほどだったが、だんだん確実に見えるようになった。・・・・
」
このときの彼女の感動は、歩いて見てはじめて分る類のものである。
アイルランドには、シャルトル大聖堂のようなカテドラルはない。といっても私は
まだこの大聖堂を訪れたことはないのだが、ミラノ、ケルンなどの聖堂から想像が付く。セント・パットリック教会もこれらの大聖堂に較べれば、小さい。でも、アイルランドを歩いてみて、どんな小さな教会の尖塔でも、一歩一歩歩く旅人には、本当に嬉しい、心の目標であった。