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Now Donegal NEW!!!

2009-07-03 16:37
ima donegaru ni kite iamasu.gennki desu

Re^1: Now Donegal NEW!!!!

2009-07-03 20:12
流れ着いた手編みの靴下をアラン島まで届けてもらう、という話がありましたね。私はゴールウェイ経由でアラン島まで行きましたが、そこには行ってません。ドニゴール・トゥイードという、渋いウールの生地があります。洋服店や帽子屋さんを覗いてみられては、いかがでしょう?
教えていただいたまどみちおの詩集は2冊とも買いました。今日、家に届いたのです。子どもといっしょに読ませてもらいます。

アイルランド5日目 デリー - レタケニー

2009-06-29 23:02

12キロの荷物を背負って歩くことに体を徐々に慣らさなければなりません。
私に今回の旅で、準備不十分の点の一つは事前のトレーニングをしていないことです。日本でトレーニングしておけば苦労は少ないのですが、私のした事と言えば、2キロ離れた「ヤマヤ」へオリーブ・オイルなどの買出し、1キロも離れていない「渋谷市場」へ大根、ジャガイモなど重い野菜の買出し、これを数回づつ繰り返しただけです。私は練習のための練習というのが嫌いなのです。10キロくらいの砂袋を背負って、20キロくらい歩いてみるそんな練習が嫌なのです。ある日、親しいアメリカ人と今回の徒歩旅行の話をしていましたら、彼は、最初は少し歩き、慣れるにしたがってたくさん歩けば良いと言ったので、ああこれだとも思いました。この方のイニシャルを使ってこれをGPメソッドと呼ぶことにしますが、怠け者の私にぴったりの方法です。昨日10キロ歩けたら、今日はもう少し長く歩けば良いのです。この方法で明日レタケニーに付くとは思いません。野宿を原則として避けるとしたら妙案が必要です。

朝から晴天で牧場の羊たち朝日を受けてじっとしています。8時朝食、アイリッシュ・ブレックファースト。たっぷりいただきました。壁にかかっているのが伊万里の大皿であると指摘したら、その話を聞きたがります。昔ちょっと齧ったにをいいことに、200年ほど前のもにでしょうと言うと、何でもおじいさんから伝えられたものだそうです。ルイゼさんはなぜ徒歩旅行をするの聞きますので、”I don’t know why” と答えると、少し間をおいて、大きく笑いました。このやり取りはデリーのピーターさんも同じでした。?・・・!・・といった感じです。ロウゼンマリーの質問は「なぜアイルランドをえらんだのですか?」これの答えは簡単で、「美しい国で、いい人がいっぱいいて、食べ物がおいしい国だから」
この宿を出たのは9時20分でした。
国道を歩くので車はどんどん通りますが、身を避けるほどではありません。
50分前後歩き10休む、これを3回繰り返すころにはかなり疲れが出ます。12キロの荷物を背負うと登山に近い感じになります。ランニングや水泳のようにハイなることもありません。もくもくと足を交互に出すだけです。バートから5キロでニュータウン・カニングガム、さらに6キロ歩くとマノア・カニンガムです。ここの峠にあたると所にギネスの看板を見つけて当然のごとく入りました。老人が独りグラスを傾けています。亭主は大柄な老人で、聞き取りにくい英語で困りましたが、何とかギネス1パインと会話を楽しんでだました。ギネスの効果は30分も持ちません。キルケニーの町が見え始めたあたりで腰を下ろしていたら、目の前の豊満なお嬢さんがペットボトルだけを持ってすたすた通り過ぎました、今日初めて見る歩行者です。声を掛けるまもなくスーッと横切り見る見る小さくなって消えていきました。ひょっとしたら妖精かも・・・まもなくキルケ二―に入ったようです。眼前に立派なホテルが建っています。街の中心部まであと何キロあるか知れませんが、ここに泊まることにしました。おそらく都心まで行くと5時近くになっているでしょうし、宿があるかわかりません。
ホテルはアイルランド初めてですが、東京の一流ホテル並みの部屋でした。何よりもまずお風呂これに勝るものはありません。節々が痛く、豆も出始めた体を浴槽に沈めると昔登山の後の温泉を思いだしました。
それから後は、インターネットへの接続をはじめうまくいかないことの連続でした。

家族への安否連絡は電話が使えます。海外から電話をした仕方はご存知のように、まず時差で相手が起きていないといけないのでこちらは遅くまで起きていなければなりません。電話機で外線につなぎ、00813・・・・とやってつながらないのです。オペレータに接続お願いしたら話中ということです。2回やってもらってもだめでした。FAXという手があると、受付へ持っていくとこれも受信不能と帰ってきました。家内が長電話している可能性があります。最後にアンさんが自分でフロントの電話だ掛けてくれやっと通じました。無事でいること伝えるのに時として難しいものです。やった眠れます。

写真は泊まったところ

Re^1: アイルランド5日目 デリー - レタケニー

2009-06-29 23:04
どんな格好で歩いているか自分でもわからないのでルイザさんに撮ってもらいました。

アイルランド4日目 デリー - バート 徒歩旅行開始

2009-06-29 22:57

(一昨日と昨日はインターネットにアクセスできませんでしたので、2日遅れのアップロードです。)
デリーは3日ぐらい掛けてゆっくりと見たい街ですが、先を急ぐことにしました。
コークまでたどり着くのを優先した訳です。それにアイルランドについてから好天続きでこれが、いつまで続くかわかりません。今日の出来事の一部をメモしておきます。

朝は見事にセッティングされたテーブルで、定番(ソーセージ2、ベーコン2、卵焼き1、三角のポテトフライ、焼きトマト、マッシュルーム)ほか、オレンジジュースや果物やいろいろ選べます。旅の楽しみの一つは朝食の豊かさです。ワシントンDCから観光にきた中年のアメリカ人夫婦と相席で、夫人の方は5回目で、アイルランド人のやさしさに惹かれて来るといいます。私が徒歩旅行の話をすると「私も歩かなくちゃ」と自分のお腹の周りをさすっていました。話が弾んで終わりそうもないので、失礼して、支払いを済ませて、ピーターさんとお別れをし、9時20分、いよいよ徒歩旅行の始まりです。サックにサブザックを背負わせたようにしたので、子供を背負っている感じです。子連れ狼と思えばいいと歩き出しました。宿の前の道をゆっくりと登っていきます。取り付きを間違えると、精神的なダメージが大きいので何度もききながら30分も登るとGroatry Doadへ入ります。この道をまっすぐ行くとBurtに着きます。緩やかかに上下する丘の道はもう人や車にあまり会いません。広々と拡がる緑のマッチワーク。申し分のない景色です。
50分歩いて10分小休止、これを2回繰り返した当たりから、足が与太ついてきました。このコースの近くに古い要塞のあとがあるのですがそこまで2キロとあり、私の足はもう限界に来ているのでやめました。折から小雨が降ってきて、お腹もすいてきたので、昨日スーパーで仕入れたトマトパンを出して、立ったまま食事をしました。小雨のなか立って食べることを教えてくれたのは英人Phさんです。本当は要塞まで行って、暖かい紅茶でも作りたかったのですが・・・景色は西斜面に入ると眼下にLougu Swilly湾が見え、大パノラマが拡がります。杖を取り出し、それに頼って、ほうほうの態でBurtに付きました。13時20分、8キロ足らずの山道を4時間掛けて歩いたことになります。傍にホテル・レストラン・バーつきの教会がありましたので、迷わずバーに入って、ギネスを注文しました。ギネスはいつでもどこでも満足を与えてくれます。合気道黒帯の青年が相手してくれたのは幸いでした。彼の調べてくれたところによると宿は2マイル離れているとのこと。日本へ行きたいらしく、飛行機代のことを聞きます。携帯を電卓代わりに使って、ユーロに換算して独りうなずいていました。ギネスの効果はてきめんで、やや軽くなった足取りで歩き始めました。途中、半身裸で自分の家の塀にペンキを塗っているおじさんと立ち話をしたりしました。日本へ2度、錦鯉にいたく感心し、いい印象を持っていました。道は国道で車がビュンビュン通りますが道幅が広く、歩くのには支障はありません。
小1時間くらい歩き、なかなか行き着かず、うんざりして休みを取りました。小休止の後、腰を上げて数メートル先にB&Bの看板が出ているではありませんか。昨日のパブと同じです。そこから100メートル近く登ります。B&Bに着く20メートルぐらい手前に宿の人が犬2匹連れて出迎えてくれました。Farm Houseに泊まるのは初めてです。斜面の広い牧草地には羊や馬がいます。眺望は「息を呑むほど」すばらしい。部屋もゆったりして立派です。これはキャザリンさんが取ってくれたのですが、いいことをしてくれました。
ルイゼさんとロウゼンマリーさんの二人がお相手してくれます。コーヒーか紅茶かはいかがですかといってくれましたが、まずシャワーを取らせていただきました。(ついでに洗濯) 相客は立派な若夫婦。問題は夕食なのですが、ひとつの案として示されたのは、今夜教会でバーべキュー・パーティがあるので、それに参加しないかということでした。数十キロも離れており、そこでもみくちゃにされると明日の行程に差し障ります。諦めて、(諦めない方がよかったかも) 何でもいいから食べるものを作ってほしいとお願いしたら、肉と魚の冷凍を持ってきてどちらが良いかと言うので、昨日肉を食べたので、魚を選びびましたら、サラダやデザートが付いて14ユーロというメモを持ってきて、これでよいと念を押されました。この宿にはアルコールは無いようです。そんなこともあろうかと昨日ジェムソンを仕入れておいたのが威力を発揮します。5時半、私一人だけの食事が出来、窓越しに広大な景色を見ながらの食事は贅沢そのものです。からりとフライされた白身の魚、茹でたジャガイモ、かぼちゃ、グリーンピースが付きます。すばらしい味で、胡椒と岩塩だけで食べます。(敵もさる者) フルーツサラダとアイスクリームとコーヒーと至福の時が流れます。車の運転が出来、家族でここ来ればどんなにすばらしいかと思いました。ルイゼさんが、非常用にと携帯電話の番号書いたメモをくれて、出て行った後は、私独りです。ベッドに横になったら寝てしまったようです。目が覚めれば11時半。彼女が帰宅しているかどうかわかりません。
これを書いていますが、インターネットは使えません。それもなかなか良いですね。インターネットは幸せには関係が無いと思いました。
このFarm HouseはAnaria Farmhouse Accomodationが正式な名前です。ルイゼさんは、どこかロートレックの絵マルセル?のような、なんとも言えないやさしさがあります。

アイルランド3日目 ー ダブリン - 

2009-06-27 07:23
今日も書ききれないほどの出来事がありましたが、簡単なメモを残しておきます。

10時過ぎ、ダブリンからデリー(ロンドンデリー)行きのバスに乗り、アイルランドの中側を北上して、3時間あまりで、目的地に着きました。私の徒歩旅行の基点となる大切な街です。道中の景色は、本当に緑の中を行くという感じで、しかも安らかな、広々した景色は美しい。美しいと言っても、絵葉書のようなスイスの景色、広大な見渡す限りのフランスの畑とは少し違います。大半は牧草地で、パッチワークのようでこぼこと起伏があり、農家も適当に散らばっていて人間的な風景なのです。写真ではちょっと表現できません。私はこんな中を毎日歩くのかと思うと、神様に良くぞお招きくださいましたお礼を言いたくなるほどです。歩くことを念頭に眼を凝らして見ていたので、アット言う間の3時間でした。ホイル河の対岸に見えるデリーの眺望は見事なもので,橋を渡ってその景色の中に吸い込まれるとバスは右折してすぐバスターミナルに到着です。
まずB&Bにたどり着くことから始まります。看板らしいものが無い普通の民家ですが、簡単に見つかり、主人のピーターさんとはすぐ親しくなり彼の書斎で話ができました。部屋は清潔で気に入りました。次は旅行案内所に行って情報を仕入れることです。この旅の最初の問題点は、デリーからレタケニーまで40キロ近くあり(そのように見え)重い荷物を背負って1日に歩き切らないのです。このデリーで妙案を探そうと思い、もし今日らちが開かなければ、もう一泊するつもりで、ピーターさんにもそのことを言って出ました。B&Bから案内所まで、10分、町の様子を見ながら歩いていきます。17世紀くらいからの建物が残っていて、見ごたえがあります。案内所には珍しく日本の婦人(おばさん)5,6人に出会いました。白っぽい人になれてきたので、この方たちが黒っぽく見えました。すぐにアラン島の方に移動されるそうです。若い娘さんが対応してくれて、私の抱えている問題点もすぐに呑み込み、地図で状況を説明してくれたり、宿を探してくれました。ここから8キロぐらい先にBurtというところがあり、電話を掛けて(相手が不在らしく何度も掛けて)予約してくれました。荷物に体を慣らすため、初日は短い距離でいいと思っておりましたので最高の解決です。私の旅はこのように尺取虫のように次の一歩を決めて行かならず、これが巡礼路を歩くのと違うところです。これで一挙に肩の荷が下りて、街を散策することにしました。デリーは古い城壁が完全に残っている珍しい街で、その城壁1.6キロ歩くと全貌がつかめます。それから始めました。上は広ろく、大砲があちこちに置かれています。考えて見るとポンドは一銭も持たないので、ビールいっぱい飲めません。銀行が開いていたので、4千円両替をしてもらいました。ここで椿事が起きましたが、書きません。考えてみると昼はバスの中でチーズを齧っただけです。急にお腹が空いてきたので、5時前ですが、夕食をとることにしました。同じ摂るならと路上でガイドブックを開いて、リバーサイド・インという、この町最古のパブへ行くことにして、場所を調べると、なんと2メートルも離れていないところに立っているではありませんか。なんだか神様に操られている感じです。地下はレストランになってそこに入りました。1584年の建物の部分があるところです。食べものやお金のことを言うのは品がありませんが、旅行者が知りたいことなので、書いておきます。ギネス1パイント、アイリッシュ・サーロインステーキ(80オンス)、温野菜のソースつき、ポテトのフライ、食べきれないボリュームです。肉を選んだのは明日からの徒歩に備えるだめです。御代は12ポンド弱、チップを含めた14ポンド払って出ました。あの案内所で出会ったおばさん達に教えてあげたかった。
ちょっと買い物をして、B&Bに帰ってやることはインターネットへの接続です。書くことは山ほどあるのですが・・・・うまくいった証拠は皆さんがこれを読んでおられることです。ではまた。
写真は旅行案所のキャザリン

Re^1: アイルランド3日目 ー ダブリン - 

2009-06-29 12:59
順調に旅のスタートを切られたようで安心しました。
ブログは毎日チェックしておりますよ。
次の更新が楽しみでしかたありません。

Re^2: アイルランド3日目 ー ダブリン - 

2009-06-29 22:08
充実した日々を送っておられるようで。
これから毎日パソコンを見るのが楽しみです。

アイルランド2日目 ー ダブリン

2009-06-26 05:23
アイリッシュ・ブレックファーストはどんなものかと期待していたが、バイキング方式だったのであまり衝撃はなかった。たくさん戴いた。
8時半ごろ宿を出て、4時ごろ帰ってくるまでの足取りをざっと書いておきます。
まず、歩いて5分ほどの所にあるコノリー駅へ行く。私は鉄道の駅舎が好きで、かっての栄光の跡もあって郷愁を感じるからです。ここの駅舎は建て替えられたらしく、ガラスを多用した新しいものだった。折からの出勤する人たちを吐き出していた。デリーまでの運賃を聞くと47ユーロ。近くのバスターミナルで同じことを聞くと20ユーロ。乗り換えなしに2時間で着く。立派な税関の横を通って、リフティー河を渡り、トリニティ・カレレッジを脇腹から入る。すばらしい建物である。ケルズの書と図書館を見る。驚愕の一語に尽きる。この二つを見るためにだけにダブリンを訪れる価値がある。また、大学の脇腹からでて、北アイルランド観光局へ行き、明日のデリーの情報を聞いたら、担当の女性はコンピューターと電話を駆使して、予約までしてくれた。ナッソー通りは、味のある店が多い。大学の入り口近くで、左に折れて、グラフトン通りに出ると、これは見事な商店街、この感じはヨーロッパしかないもの。上品で和やか。ダブリンはほとんどが白人なので白っぽく明るい光景を人が作り出している。想像より高級。その途中にある、Devy Pyrnesというジョイスも通ったというパブに寄る。まだ開店してしてないようだったが。ギネスを飲みたいというと入れてくれた。客は私だけ。お腹もすいてきたので何か食べるものは無いかというと、店は12時からでないと出さないと言う。
ジョイスの話をするとパンフレットを出してくれた。そうこうしているうちに11時半になったので、注文をとってくれる。迷わず牡蠣半ダースを選ぶ。茶色のパンが3枚着いていて、たっぷりレモンをかけた岩牡蠣とそして白ワインとを交互に食する。期待にこたえるいい味。このパブは清潔に磨き抜かれていて、パブの中では高級な方かもしれない。ここまで出もう1日分の感動は頂いた。
いい気分で、セント・スティーブンスン公園の美しい緑の中を通り、聖パトリック大聖堂へと向かう。脇の公園では子供たちが元気に走り回っている。
聖堂の中は彫刻を始めいろいろなものがある。お目当てのスイフトとステラの眠っているところを見た。
キャロルもこの二人に関心を持ったようだ。http://www.alice-it.com/wonderouserland/earlyverseonlywomanshair.htmをご覧ください。うれしかったのパイプオルガンの演奏に加えて、男女合わせて40人くらいの合唱団が、オルガンに合わせて歌ってくれたことだ。しばし聞き入った。外は暑い日差しで、その中をテクテク歩いた。建物はレンガつくり、せいせい会どまりの街並みは、上品で心を落ち着かせる。人の集まる通りもかなり歩いた。この時間帯で出回っているのは観光客で、ほとんど白人。結構な人数が来ているのに驚いた。人にも景色にも酔って少しくたびれて宿に帰った。ここまでで2日分の値打ちがあった。シャワーを浴びて、夕食に出かけた。アジヤ料理の店とあるので、汁そばでも食べようかと思って入ったら、中華料理のバイキングだった。ビールは青島ビールだった。バスターミナルへ行き、時刻表を入手して帰った。長い一日だった。
(写真:グラフトン通り)

アイルランドの第一日目

2009-06-25 06:44

今朝、6時半に東京の家を出て、今、ダブリン、同じ日の20時。13時間半の差ですが、時差が9時間ありますので、ずいぶん長い一日でした。最後の5日間は体調が優れず、パッキングもうまくいかず、ネット接続の問題も抱えての出発でしたので、こうして、ダブリンの宿でパソコンに向かっていると、はるばる来たものだとの感慨と嬉しさがこみ上げてきます。送り出してくれた家族や友人に感謝の気持ちで一杯です。
成田では雨が降りしきっていましたが、アイルランドの上空では、日が燦燦と緑のパッチワークのような原野に注いでいました。あまり暑くありませんが、日差しがきつく。カーボーイハットをかぶっていたのは正解でした。空港からエア・リンクというバス(6ユーロ)に乗り、30分で都心の中央バスターミナルへ着きました。私のとった宿は小泉八雲が幼少のころ住んだこともある200年以上も経った建物です、
街も宿もすっかり気に入りました。アイルランド初日を一緒に祝ったくれる人もいないので、シャワーを浴び近くのパブでギネスで一人乾杯しました。日本のギネスはどこか甘みがあって問題だと思っていましたが、こちらは苦く申し分ありません。ホテルの受付のマーチン・グリフスというおじさんが教えてくれたのですが典型的パブとしか言いようのないパブでした。
書くことは山ほどあるのですが、眠くなったので終わりにします。
アイルランドの人は温かい。


Re^1: アイルランドの第一日目

2009-06-25 13:18
写真は近くのパブThe Celt
典型的な、余りにも典型的なパフ。
友達同士、夫婦、恋人たち、子供を含む家族連れ、旅の独り者。
ギネス 1パインと4ユーロ
古い写真やポスターが貼られたまま、古色蒼然、だがなんとも懐かしい。

Re^2: アイルランドの第一日目

2009-06-25 21:48
無事に到着されたようで安心しました。

パブ The Celt の写真、私がよくいく蕎麦屋の入口に似ています。

良い旅を続けられることを祈っています。

Re^3: アイルランドの第一日目

2009-06-26 04:15
チェシャー猫さん
ご心配ありがとうございます。
明日はデリー(ロンドンデリー)に移動します。

旅装  最終?

2009-06-26 00:32
準備にはたっぷりと時間があったのに、出発直前に困ったことのありました。そのひとつを書いておきます。
それはサックのことです。
登山用具の店に何度も足を運び、店員にも聞いたりして容量40リットルのサックを買ったのですが、これは失敗でした。最初は30リットルにしようかと思いながら、用心を取って、40リットにしたのに、いざパッキングしてみると、荷物が収まりきれない。
 いろいろ考えた末、野宿用の寝袋をはずした。私は、年でもあるし、この方が野宿を回避する工夫をするだろうし、いざとなれば手持ちの衣類を総動員させればすむ。非常用にツエルトと昨日調達したペグ、ヘッドランプは持っていく。辞書、双眼鏡も止めた。スケッチブックは表紙をはずした。
こんな努力にもかかわらず、サブザック1個分がはみ出し、2つの荷物をもって出発することなってしまいました。
荷物を前と後ろに背負っている、格好のよくない姿になります。乗り物に乗る限り何とかなりますが、歩き始めるとどうなるか・・・・

サンヂエゴ・デ・コンポステラの巡礼路は800キロ 大体5週間かかり、案内書には。サックは50リットルが推奨されています。何百年もの伝統のある巡礼路を旅する人でさえこの通りですから、巡礼路でないアイルランドの場合、もっと荷物が増えると思うべきでした。そして経験者の言を重んじるべきでした。

ただ、今回、小型のパソコンを持っていくのを止めれば何とか収まります。

ここまで書いて、一晩寝たら妙案が浮かびました。それは、着るもの思い切って削り、たとえば、下着は3回分ありますが、それを2回分ととし、ジャケットは、雨具で代用する。ちょっと宇宙飛行士のような格好になるが我慢する。そして、それらは、再びダブリンに戻るまでこのB&Bに預けるというものです。早速、帰りの際の部屋の予約をするとすんなり取れましたが、問題は荷物を預かる制度は、ここではないとのことでした。これまでとまったホテルは荷物は預かってくれたといっても、そのような制度はないと、しっかり者のその女性には取り付く島もない。バスター身ナルでは預ける所があるという。跡で調べたら一日6ユーロ。これに預ける日数を掛けたら大変な出費となります。妙案はあぶくのごとく消え、とりあえず、明日のデリーへの移動は二個体制で行きます。

旅程 最終計画

2009-06-22 05:48
最終計画と言っても、決めているのは、
6月24日成田を立ち、ダブリン着
6月25日 ダブリン泊
7月23日 ダブリン泊
7月24日 ダブリン発 翌日帰宅

ダブリンに着いた日と翌日は宿をとってありますが、それから、鉄道かバスで、北のデリー(ロンドンデリー)に行き、デリーからは徒歩で、南のコーク歩く積りです。赤線:徒歩  青線:汽車またはバス

当初、ロンドンーホリーヘッドー(フェリー)ーダブリンの計画は見送りました。デリーから歩き始めるまでに草臥れてしまうと思ったからです。

備忘

The Townhouse of Dublin/Globetrotters
47/48 Lower Gardiner St,
Dublin 1.

Tel: 00353 1 878 8808 / 874 0592.

成田6月24日11:45 → 16:10 アムステルダム 18:00→ 18:35 ダブリン
ダブリン7月24日11:30 → 14:05 アムステルダム 15:20 → 7月25日9:40 成田 

道(1)

2009-06-21 02:38
はじめて見る光景なのに、昔見たことがあるという感じを持つことがある。既視感、デ・ジャ・ビュと言うのであるが、まだこれからだのに、こんな光景に出会うのではないかという感覚はなんと名付けるのだろうか?
私はこんな道を毎日をとぼとぼと歩いている気がする。
(写真はアイルランド政府観光局提供)

高村光太郎の「道程」をもじって見たくなる。「 」は私が改変。


僕の前に
道は「ある
人や車
犬や羊の通る」
道が「ある」


ああ
自然よ
父よ


僕を
一人立ちさせた
広大な父よ

僕から目を離さないで
守る事をせよ

常に
父の気魄を僕に充たせよ

この遠い
道程のため

この遠い 道程のため

健康(2)  荷物

2009-06-19 22:15
出発までにあと一週間を切ったというのに、咳が出て、たんが溜まるようになった。例のインフルエンザだったらどうしよう。熱が出ないので大丈夫だろう。いづれにしろ、ひどくならないうちにと、今日医者に見てもらった。軽い気管支炎のようで、薬を貰って帰った。どこに伏兵が潜んでいるか分らない。

旅のための歯の治療は終わった。体重を5キロ減らすという目標はほぼ達成できた。特にダイエットしたわけではなく、こまめに体重計に乗っているうちに、72キロから66キロくらいになったので一応は成功と言う所。

体重が減った分だけ運搬重量は減るのだが、今の所、ザックの方は10キロを越しそうである。不時のための野営用具が、寝袋、ツエルト、自炊用具などとPCが加わっているので、これぐらいは覚悟しなければならないのかもしれない。そろそろ最終パッキングに入らなければならない時となった。
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