| 目的を表すso that~と不定詞の副詞的用法(in order to,so as toを含む)には意味の上で微妙な差があるような感じがするのですが、うまく説明できません。良い説明の仕方をご存知の方教えてください。
参考文献があればありがたいです。 |
| There was the usual crowd at the beach today.
が適格になる理由は、 ビーチで泳いだり日光浴をするいつも群衆という意味で、聞き手はそのような群衆を特定化し、頭に思い浮かべることができるので、the usual crowdと定名詞句になっている。 しかし、聞き手はその群衆が実際に誰であるかは、知らない。 つまり、聞き手はビーチにいる群衆というタイプは理解できるが、その群衆が誰であるかというというトークンは知らないので、新情報である。 と書いてあったのですが、 これは聞き手が、「ビーチにいる特定のいつもの群衆」を思い浮かべることが出来るが、一人ひとりが誰なのかまでは知らないという意味でしょうか? それとも、日焼けしてそう、騒がしそう、などの「ビーチにいつもいる群衆のイメージ」を思い浮かべることができるが、それが具体的に誰なのかは知らないという意味でしょうか? |
| It is interesting for her to play the piano.
という文で、interesting と思っているのは話し手ですか?彼女ですか?一般の人ですか? for her の部分を、「彼女にとって」のような“悪い”訳をすれば、 彼女であるようにも聞こえるのですが。 お願いします。 |
| 一般の人です
「彼女がピアノを弾くとは(第三者にとって)興味深い」 話者の主観で interesting というなら、主語は I で... I find it interesting for her to play the piano. ...のようになるでしょう。 |
| 数人のネイティブに聞いてみました。
ネイティブでも意見が割れていました。 interesting と思っているのは彼女という意見、 She is interested in playing the piano. が一番多かったです。 理由は for her だからと言っていました。 interesting と思っているのは一般の人という意見、 People are interested in her playing the piano. もありました。 両方の意味があるかもという意見も結構ありました。 |
| お二方、ありがとうございます。
なるほど、この話題自体が大変興味深いですね。 ネイティブの方々のご意見を参考にするならば、 「彼女にとって」のような訳も、あながち間違っていないように思えます。 学校英語では、It is ○○ for 人 to ~ の構文は、 「人が~するのは○○だ」とされますが、 この例の場合は、その限りではないということでしょうか。 (生徒に尋ねられたら、どのように説明するのが良いのでしょうかね?) |
| e-v さん、
> It is interesting for her to play the piano. は、 a) [For her to play the piano] is interesting (to me, etc.). it = for her to play the piano b) [To play the piano] is interesting for her. it = to play the piano の2様の解釈が可能です。 『ロイヤル英文法』をお持ちでしたら、p.498 が参考になると思います。 ところで, > for her の部分を、「彼女にとって」のような“悪い”訳をすれば とありますが,「彼女にとって」のどこが問題なのでしょう? |
| ご返答ありがとうございます。
参考に致します。 ご質問にお答えいたします。 私の高校では、 “中学校では「(人)にとって~するのは○○だ」と習ったが、 「(人)が~するのは○○だ」としたほうがニュアンスとして自然である” と教わったため、そのように書かせていただきました。 しかし、皆様方のご意見を拝見すると、 どちらとも言える場合や形容詞によって使い分けられる場合が多くあることがわかりました。 結局、上の中学校の訳も高校の訳も、それ一本では不十分ということですよね。 |
| 中学校の教科書に次の例があります。
I have two tickets for the rock concert next Sunday. Would you like to come with me?「今度の日曜日のロックコンサートのチケットが2枚あるの。私といっしょに行かない[来ない]?」 この第2文を Would you like to go with me? としてはおかしいですか。それでもOKの場合,両者の意味はどう違うのでしょう。 話し手といっしょに行くのだから,話し手に近づくことになり,そういう場合は go ではなく come なのだということなのでしょうか。 だとすれば Would you like to go with me? という言い方はなさそうに思うのですが,ネットで Would you like to go with me? を検索してみると万単位でヒットします。 |
| 結論としては、comeとgoのいずれも可能です。
どちらを用いるかは、A者とB者の相対的位置関係に左右されることになります。 例えば、 (1)コンサート会場が東京にある場合で、誘っているAが東京に住み、Bが埼玉に住む場合は、BがAに近づくことになるため、AがBに言うときにも、BがAに返事するときにもcomeになります。 さらに、Aがコンサート関係者であるときにも当然「来ないか」ですので、comeになります。 ただし、この場合でも、AとBが都内のいずれかの駅で待ち合わせて、その駅で会った時点で同じ位置関係になりますので、「それじゃ会場に行こうか」と言うときにはLet’s go to the concert hall.になります。 (2) コンサート会場が東京にある場合で、都内に住むAとBが両者ともコンサート会場から離れて住んでいる場合や、AとBが東京以外に住んでいるときには、同じ位置関係なので、文字通りいっしょに「行く」ですので、goになります。 注 上記のような物理的距離関係以外に、今回のように「自分がチケットを持っている」という心理関係に注目して、自分の方がコンサートに近いという意識があるときや会場を中心に考えてそこに来るという心理のときにもcomeが用いられるのではないかと思われます。 結論としては、今回のご質問では、互いの位置関係や心理が不明なため、goでも全然おかしくはないと思います。 |
| どうもありがとうございました。
もう何十年も英語をやっている(はずな)のに,分からないことだらけです。 |
| 與野与吉 さん、
> I have two tickets for the rock concert next Sunday. Would you like to come with me? > 話し手といっしょに行くのだから,話し手に近づくことになり,そういう場合は go ではなく come なのだということなのでしょうか 「話し手といっしょに行くのだから」は関係なくて、辞書・参考書の説明にあるように、単に「話し手(の居る場所)に近づくので come」ということだと思います。 ただ、この場合、話し手の場所は「現在の場所」ではなく「未来の場所」です。 つまり、「私」の次の日曜の居場所がロックコンサート会場だ(つまり、話者はコンサートに必ず行くつもりでいる)、ということを前提にしているので、そこに近づく意味で come が用いられた、ということです。(ref. "Practical English Usage) ここでもし "Would you like to GO with me?" と go を用いると、そういう前提がなくなります。つまり、話し手はコンサートに行くことを予定していない(発話時点でまだ行くとは決めていない)。よって,「自分は行くとも行かないともまだ決めていないけれど一緒にいく?」の意味。(こんなくどい言い方はしたくないのですが,「予定」という日本語の意味もわからない人がいるようなので,あえて書きます。) ご質問の英文は、「自分はコンサートに行くけれど(君もいかないか)」を暗に言いたくて come にした、ということだろうと思います。 (ref.『英語語法大辞典3』p.348) P.S. 参考になりそうな辞書の用例/解説をご紹介します。 > Are you going to come to the party? パーティには行くつもりですか。(!come は話し手が自分も行くつもりであることを暗示する;go ではそのような暗示を伴わない) (『ウィズダム』) > Will you come to the party tonight?(今夜のパーティにいらっしゃいますか)と言えば,そのパーティに話し手も行くことを暗示したり,あるいはパーティが私の家であることを暗示するが,Will you go to the party tonight? にはその暗示がない。 (『あなたの英語診断辞書』) > Will you come to the party? と言えば、話し手自身もパーティーに行くことを暗示し、Will you go to the party? と言えば、話し手はパーティーに行かないことを暗示する。 (『ロイヤル英文法』) *「相対的位置関係」云々という説明は私の探した範囲では見つからないのですが、いったいどこに書いてあるのでしょう。先の place の件もそうなのですが、この come/go の使い分けの話も、辞書や参考書で十分に調べがつく事柄だと思います。にも関わらず、そういうものを完全に無視し、おそらくどの本にも書かれていないだろうと思われる根拠不明の説明(「相対的位置関係」)をする。何でちゃんと調べた上で回答しないのか、不思議でなりません。参考書類などより自分の言うことの方が正しいとでも思っているのでしょうか。 |
| >ここでもし "Would you like to GO with me?" と go を用いると、そういう前提がなくなります。つまり、話し手はコンサートに行くことを予定していない。
????? この場合にgoを使うかcomeを使うかは、「位置関係」や「話し手の心理」に左右されるのであって、「話し手はコンサートに行くことを予定していない。 」ことはありません。 Would you like to GO with me?" を「私といっしょに行きませんか。私は行かないけど。」というような意味不明の解釈する人はいないと思います。 |
| 失礼します。
上記の方々の説明も分かりやすいのですが・・・ 日本語でも 「明日コンサートがあるけど来ない?」か「行かない?」と誘う時、どんな心境で使い分けるか考えてみてはどうでしょうか? この例文のようなインフォーマルな場面では、この感覚でいいような気がします。 |
| 例えば下記の二つの文は「その産業は訴訟が単によこしまな政治的行為にすぎないと主張して、連邦政府に訴因はあるはずはないという点を突いてきた。」という訳になると思うのですが、
The industry seized upon the supposed absence of a federal cause of action to argue that the suit is just a nefarious political stunt. The industry seized upon the supposed absence of a federal cause of action , argueing that the suit is just a nefarious political stunt. to不定詞の副詞的用法の「~して」は感情を表す形容詞を修飾する場合、例えば I was upset to lern that my wife had passed away. のような場合だけ使えると習ったのですが、冒頭の文のような使い方も頻繁に目にします。 この場合、分詞構文と同じ意味になると思うのですが、使い分けの法則はあるのでしょうか? |
| 例えば下記の二つの文は「その産業は訴訟が単によこしまな政治的行為にすぎないと主張して、連邦政府に訴因はあるはずはないという点を突いてきた。」という訳になると思うのですが、
>The industry seized upon the supposed absence of a federal cause of action to argue that the suit is just a nefarious political stunt. (1)最初に、このto不定詞は、「~して~した」という感情の原因・理由の用法ではなく、最も一般的な「~するために」という目的を表す用法です。 ただし、今回のように、目的であることを明確に表すin order toになっていない場合は、「~した結果、~である」という「結果」を表す用法と解釈することも可能になります。どちらの解釈にするかは、前後の意味を考慮して判断してより自然な意味になるほうを選択することになります。 例えば、 He used the data to update the file. これは、「彼は、ファイルを更新するためにそのデータを用いた」と「彼は、そのデータを用いてファイルを更新した」の2つの訳し方が可能です。 参考訳 (a)その業界では、「今回の訴訟は非道な政治的パフォーマンスであるにすぎない」と主張するために連邦上の訴因が存在しない疑いがあることに飛びついた。 (b) その業界では、連邦上の訴因が存在しない疑いがあることに飛びついて、「今回の訴訟は非道な政治的パフォーマンスであるにすぎない」と主張した。 私見ですが、今回の場合は、「連邦上の訴因が存在しない疑いがあること」を根拠にして、その結果「~であると主張した」に重点が置かれているようですので、(b)のようなto不定詞の副詞用法の「結果」用法であると解釈してはいかがでしょうか。 >The industry seized upon the supposed absence of a federal cause of action , argueing that the suit is just a nefarious political stunt. (1)分詞構文の場合は、「~であると主張して」という訳し方も可能ですが、「政治的パフォーマンスにすぎない」と主張して、~を突いてきた」のように主張したを先に出してしまうと、どのような根拠に基づいて主張したのか不明ですので、「連邦上の訴因が存在しない疑いがあるので、それを根拠にしてその訴訟は政治的パフォーマンスにすぎない」と主張したとする解釈のほうが自然ではないでしょうか。 つまり、分詞構文の場合も、「~であり、このため~であると主張した」とするほうがbetterではないでしょうか。 |
| If the suit has legal merit ,the fact that it may also be a powerful tool in support of administration policy objectives makes no difference.
どういう意味ですか? |
| 疑問詞+ to 不定詞ならば、どんな、疑問詞でも使うことはできるのでしょうか。。。
I don't know what to do. こんなのは、よくある文だとおもいますが、 when や、which を使う文は、あまり、お目にかかれません。。 I don't know when to go to school. や、 I don't know why to go to school. は、ありえる文でしょうか。。。。 よろしくお願いできますでしょうか。。。。 |
| 時制の一致の文法についての質問をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか。。。
私の参考書には、must や、should は、時制の一致の法則は受けなく、たとえば、こんな例文、 「私は、彼がリッチであると思った。」では、 「 I thought he must be rich. 」 になる、と書かれていました。 では、こんな例文、 「私は、彼が(その時)リッチだった、と思う。」では、 「 I think he must have been rich.」 で、よろしいのでしょうか? また、can や、will の入った文では、時制の一致の法則にかかる、と、かかれてあったので、can が 、could に変化し、 「私は、雨が降る可能性があった、と(その時)思った。」の文では、 「 I thought it could have rained.」 で、よろしいでしょうか? つまり、私の言いたいことは、従属節に助動詞があって、その時、主節よりも従属節の時制が過去の場 合、勝手に、have をつけてもよいかどうか、ということなのですが、いかがでしょうか・・・。 質問は、以上です。。。どうか、よろしくお願いできますでしょうか。。。。 |
| 時制の一致の文法についての質問をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか。。。
私の参考書には、must や、should は、時制の一致の法則は受けなく、たとえば、こんな例文、 「私は、彼がリッチであると思った。」では、 「 I thought he must be rich. 」 になる、と書かれていました。 では、こんな例文、 「私は、彼が(その時)リッチだった、と思う。」では、 「 I think he must have been rich.」 解説 最初に、細かいことですが、 I thought he must be rich.は、「私は、彼がリッチであると思った。」ではなく、「私は、彼がリッチであるに違いないと思った」という意味です。「私は、彼がリッチであると思った。」であれば、I thought he was rich.になります。 I think he must be rich.を過去形にして時制を一致させるとI thought he must be rich.になります。また、I think he must have been rich.を過去形にすると、I thought he must have been rich.になります。 つまり、最初から助動詞の後にhaveが付いていたのであって、I think he must be rich.がI thought he must have been rich.になったわけではありませんので、haveを後で勝手に付けたものではありません。 I thought it could have rained.の場合も、I think it could have rained.であったものが、そのまま、I thought it could have rained.になったものです。 I thought it could rain.だったら、「雨が降る可能性がある」と思ったという別の意味になります。 この現在形が、I think it could rain。の場合は、このcould は仮定法ですので時制の一致はしませんので、そのままI thought it could rain.にすればよいことになります。 このような場合のcouldは普通の過去の場合もありますので、過去か仮定法か判断する必要があります。このため。couldが実際の過去であるときには、使用を避けて、was able toやmanaged toが用いられることが多いそうです。 willの場合 主節が現在時制のときに、従属節が最初からwouldになっていたら、それは仮定法ですので、主節が過去になってもそのままwould + 動詞の形になります。 would have + 過去分詞の形になるのは、現在の時にwill have + 過去分詞になっている場合です。 |
| boltを英和辞典で引くと、ボルト、差し錠、稲妻などとありました。
これらからboltを(回転を伴う)棒状のものと考えてみました。 しかし、そうすると他の意味の、名 逃亡 動 急いで逃げ出す、脱退する等の意味が、上手くつかめません。 bolt outで、(ドアに差し錠をかけて)締め出す。という意味がありますのでこれと関係(これから派生?)したものだと考えてもよいのではないかと思いますが、はっきりとはわかりません。 おわかりの方、もしくはアドバイスをいただける方がおられましたらよろしくお願いいたします。 |
| holdの意味で
「動きのあるものをおさえておく」 から派生して、(酒)に酔わないという意味で次の例文 He can hold his liquor no matter how much he drinks. 彼はどんなに飲んでも酒に酔うことがない。 とありました。 これは、「動きのあるものをおさえておく」という意味から派生させると、彼の酒 (his liquor)をおさえておくとなり、私では意味をうまくつかむ事が出来ません。 どのように解釈すれば、よいのか、お知りの方がおられれば教えていただけると嬉しいです。 |
| 三省堂の高等学校英語Ⅰの教科書 Crown English Series[Ⅰ]の70ページに
If you swim through here, you see a pair of large stones standing right in front of you. 「ここを泳いで通り抜けると,真正面に一組の大きな石が立っているのが見えます」(和訳するならこんなところでよいと思いますが) という箇所があり,この教科書は I saw him crossing the street.「私は彼が通りを横切っているのを見た」などと同じ構造として扱っています。 ところが,I saw him crossing the street.は「横切る動作の一部」を目撃したことを意味する,とよく書かれていますよね。上記の文だと「石が stand する動作の一部」を目撃したということですか。石はずーっと stand しているのではないかと思うのですが…。というか,stand するという「動作」はしないというか…。 |
| If you swim through here, you see a pair of large stones standing right in front of you.
(1)standは、「立ち上がる」という動作と、「立っている」という状態の2つの意味があり、今回の場合は「立っている」という状態の用法です。 (2)standが 「立っている」という状態を表す場合は、「永続的状態」の場合は現在形、「一時的に」立っている場合は進行形になります。例えば、A big house stands there. He is standing there. (3) (2)によると、ご質問の文は、進行形なので、大きな石が一時的に立っているということになります。しかしながら、you seeと現在形を用いてほぼ不変的であることを表していますし、さらに状況的にも永続的に立っているという意味のようですので、知覚動詞seeの用法と解釈するのは矛盾しているのではないかと思われます。 (4)以上の理由で、このstandingは、現在分詞が名詞の後ろから形容詞的に修飾する限定用法でないかと思われます。そうすれば、このstandingはwhich standsに書き換えることができますので、永続的に立っていることとも整合します。 上記は私見であることをご了承ください。 |
| 回答ありがとうございました。
私もそう思うのです。この教科書を使っている高校の先生は生徒にどう説明しているのでしょう? この課の文法のページには,この If you swim through here, you see a pair of large stones standing right in front of you. が再録されていて,それと同一の項に 次の2つの文を比較しなさい。 I saw him cross the street. I saw him crossing the street. という箇所があるのですが,生徒は混乱するのではないでしょうかね。 |
| So far ,the efforts of the national banks have wielded positive results,helping to calm turbulent stock markets.
この helping は言い換えると、and have been helping になるのでしょうか?それとも and are helping になるのでしょうか? |
| 以下童話の部分なんですが、いまいちうまく訳せませんでした。
自分なりにやってみたので、添削をお願い致します。 'eleven months out of the year she shall have all she likes to eat, and all the gowns she likes to gt, and all the company she likes to keep; but the last month of the year she'll have to spin five skeins every day 今年の11ヶ月あと、?彼女は好きなものを手にいれ、ほしいガウンも手にいれ、 手に入れたい会社すべてを手に入れた。しかし、先月、彼女は毎日5話にわたってお話を作った out of とspin five skeinsのところが辞書を見てもよくわかりませんでした。 どうやってここは訳せばよいのでしょう? |
|
統語関係の英文法書で、John might resign his post, as might Billという例文を見かけました。このasは代動詞句と呼ばれており、resign his postを指すと言われています。 ただし、辞書で調べて見るとこの用法がのっていませんでした。(as might be expected, he failed the exam.のasは文全体を指す関係代名詞等の説明はありましたが。)どなたか他にasのこの用法に関する説明がなされている辞書等があれば教えていただけると嬉しいです。 |
| 英語の論文の中の英文に次の例文が載せてありました。
I also had a cup of a hot beverage made from roasted and ground beans of a plant grown in South America and Africa infused in hot water. 上の文は、豆から作られたコーヒーを一杯飲んだという趣旨の文ですが、最後から数えて四つ目のinfusedの意味がわかりません。このinfuseは注ぐという意味なのでそのまま「豆を熱いお湯に注いだ」と考えてもよろしいでしょうか?おわかりの方がおられれば教えていただけると嬉しいです。 |
| But there are no restrictions on small shops that sell
liquor. Nor, as in certain U.S. states, are there restrictions on the times or days of the week when booze can be sold. 宜しくお願いします。 |
| As for the working condituons for foreign workers,companyes say they have taken measures to guarantee that subcontracted foreign entities are in compliance with basic fair labor practices and that workers receive livable wages,where previously they may have been at best barely able to eke out a living.
宜しくお願いします。 |
| このwhereは、関係副詞の非制限用法と考えたのですが、接続詞と解釈しても意味が通じるようです。このため、以下の2つの解釈をしてみましたので参考にしてください。
As for the working condituons for foreign workers,companyes say they have taken measures to guarantee that subcontracted foreign entities are in compliance with basic fair labor practices and that workers receive livable wages,where previously they may have been at best barely able to eke out a living. (1) 関係副詞の非制限用法である場合 この場合の先行詞はその前の文全体です。 前後の文を結びつけるときには適切な接続詞を用いる必要がありますが、ここでは、「この場合」という表現にしてみました。 参考訳 外国人労働者の労働条件に関しては、諸企業は、~であると述べており、この場合においては、これらの外国人労働者は、以前は、良くてぎりぎりの生活を営むことができていたにすぎないと思われるのである。 (2)接続詞である場合 この場合は訳順が逆になります。 参考訳 外国人労働者は、以前は、良くてぎりぎりの生活を営むことができたいたにすぎないと思われるのに対して(又は=思われる一方で)、これらの外国人労働者の労働条件に関しては、諸企業は、~であると述べている。 |
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cryは英和辞典では、泣く、叫ぶ等の意味がありますが、cry offは自動詞で「~手を引く」(from)や、他動詞で「…を取りやめる」といった意味がありました。cryからなぜこのような意味が生まれるのかがよくわかりません。それともそのまま覚えてしまうべきなのでしょうか。 どなたかアドバイスをいただける方がおられればうれしいです。 |
| We do not understand why it is that we live next to people
abroad,the shareing of adjacent space does not always conform to our own pattern. というぶんなんですが、訳はたぶん「アメリカ人は海外で誰かのとなりに暮らすとき、隣接空間の共有がアメリカ人のやり方と必ずしも一致しないのはなぜなのか理解できない」となるんですが、itは仮主語でthat以下が真主語という考えで構文的に、大丈夫でしょうか? |
| 動詞 show の和訳について
辞書を6冊引いても、ぴったりの和訳が出来ません。教えてください。 Jules Verne (ジュール・ベルヌ)の作品・作家を評論した文章(Gregory Feeley) A writer who could propose amazing new inventions,and show them allowing intrepid explorers to plumb the bottom of the seas,or fly through the air,or loft themselves into space- such a writer could capture the imagination of the reading public. 私の和訳としては、頭から訳して、 「ある作家は、びっくりする様な新しい発明をすることができる。それらの発明品を、勇敢な冒険家達に好きに使用させて、次のことを証明することができる。 冒険家達は、海の底を測り、空を飛び、宇宙で浮遊する。 そのような作家であるならば、読者大衆の想像力を掴むことが出来るであろう。」 show them の them は、この訳でよいでしょうか? show は、「証明する」でよろしいでしょうか? |
| 動詞 show の和訳について
辞書を6冊引いても、ぴったりの和訳が出来ません。教えてください。 Jules Verne (ジュール・ベルヌ)の作品・作家を評論した文章(Gregory Feeley) A writer who could propose amazing new inventions,and show them allowing intrepid explorers to plumb the bottom of the seas,or fly through the air,or loft themselves into space- such a writer could capture the imagination of the reading public. 私の和訳としては、頭から訳して、 「ある作家は、びっくりする様な新しい発明をすることができる。それらの発明品を、勇敢な冒険家達に好きに使用させて、次のことを証明することができる。 冒険家達は、海の底を測り、空を飛び、。 そのような作家であるならば、読者大衆の想像力を掴むことが出来るであろう。」 回答 (1)この文は、「~することができる作家、そのような作家こそが一般読者の想像力をとらえて引きつけることができる」という文体になっていますので、訳すときにもこのように体言止めするのが良いと思います。 (2) propose amazing new inventionsは、直訳すると「驚異の新発明を提案する」ですが、このような場合は「驚異の新発明の案を示す」のように訳します。また、show themは、「これらの新発明のやり方・使い方を説明する」という意味です。英英辞典では、explain to somebody how to do somethingとなっています。「証明する」というよりもむしろ「実証する」に近いと思います。 (3)allowing ~toの形はよく使われ、実際には~、(thereby) allowing A to do~の形で、「それによってAが~するのを許容する」→「それによってAが~するのを可能にする」→「それによってAが~をできるようにする」と訳します。 主語 allows A to 動詞 前半部分を多少直訳すると次のようになります。 驚異の新発明の案を示してそれらの新発明のやり方・使い方を説明し、それによって恐れを知らない勇敢な探検者が海底を探検することや空を飛ぶこと、さらには宇宙で浮遊することを可能にすることができる作家。 そのような作家こそが~である。 |
| 次の第3文(Things in Europe ...)の意味が分からないのですが,どなたかご教示いただけますか。特に,they は何をさすのでしょうか?
The small knife for ‘domestic’ use in the broad sense, as opposed to knives for other uses, (seems) to have been brought to Europe by invading barbarians. The use of knives became restricted as they could arouse fear and recall violent situations. Things in Europe did not go as far as they did in China (where) knives were banned from the table. During the Middle Ages, improved manners led to the creation of the table knife with a rounded end. It spread along with the custom of cutting meat on the plate. Its success was partly due (to) the decline in the habit of lifting food with the point of the knife directly to the mouth. This decline was largely the result of the wider use of forks. 補足 (1) これは大学入試問題の一節で、カッコに入っている語は空所補充の設問になっている箇所です。念のため,各箇所の選択肢は順に以下のとおりです。 helps / imagines / likes / seems how / what / where / why from / in / on / to (2) China の前にはカンマを打つのがふつうだろうと思いますが,このテキストではそうなっていません。 |
| (誤)(2) China の前にはカンマを打つのがふつうだろうと思いますが、このテキストではそうなっていません。
(正)(2) China のあとにはカンマを打つのがふつうだろうと思いますが、このテキストではそうなっていません。 |
| 回答
(1)この場合のthingsは、特定の用途のための道具・用具という意味で、該当する状況に応じて訳語を変える必要があります。通常は、kitchen things(=台所用品)、tea things(お茶の道具)のように用いられますが、ここでは、「食器類」という訳語が最適なようです。 (2)ご質問のtheyは、thingsのことです。 (3)ここでは、Chinaの後にコンマは不要です。つまり、制限用法で「食卓からナイフが追放されていた当時の中国」という意味だと思われます。 この部分の参考訳 欧州における食器類は、食卓からナイフが追放されていた中国において(食器類が)役立ったほどには役立たなかった。 |
| a dim-witted gum-chewer with the fastest jaws around
どういう意味ですか? |
| a spoiled-rotten brat whose parents are wrapped around her little finger
どういう意味ですか? |
| 板違いかもしれませんが質問させていただきます。
ここ最近、受動態にとても苦しめられています。 例えばこれらの文です。 壱She was shocked at the news (彼女はその知らせにショックを受けた) 弐He was not connected with the case. (彼はその事件に関係していなかった) 参I regret saying that you were mistaken (私はあなたが間違っていることを言ったことを後悔する) これらの文なのですが非常に厄介です。 1shock「~にショック与える」⇒be shocked「ショックを与えられる =ショックを受ける」 2connect「~を関係つ゛ける」⇒be connected with 「関係つ゛けられる =関係がある」 3mistake 「を間違える」⇒be mistaken 「間違えられる=間違える」 となり「~されるの形にして=の形で言い換えてそれがあっているのか非常にあやふやです。しまいには「与えられる=与える」でもいいんじゃないかと思ってしまいます(間違っていますが、、) もっといい受動態の解釈はないのでしょうか? |
| 受身形が自動詞の意味になる動詞は限定されていますので、それらの動詞の受身形のときには自動詞の意味であると解釈し、それ以外の動詞の受身形のときには普通の「~される」という意味であると解釈するのがよいと思います。
これらの動詞のうちで通常使われる数は少ないですので、意識して覚えるようにしてください。 判断基準としては、 感情を表す動詞が多いことに加えて、これらの動詞の過去分詞はほとんど形容詞化していますので、後続する前置詞もby以外の前置詞が使われています。例えば、be excited at be satisfied with be surprised at dedicated toなどです。つまり、これらの前置詞が後続するときには自動詞の意味として訳し、~byの形になっていたら、普通の受身形として「~される」と訳せばよいことになります。 例えば、 誤解するという自動詞の意味のbe mistakenのmistakenは、形容詞で、辞書でも形容詞として掲載されていて、「~を誤解する」はbe mistaken about~になります。このため、be mistaken byになっていたら、普通の受身形として「~によって誤解される」という意味になります。 be connectedの場合も、be connected withは、「~と関係する」ですが、be connected by~だったら、「~によって関係づけられる」「~によって接続される」という普通の受け身の意味になります。 結論としては、受身形が自動詞の意味になる動詞を後続する前置詞とともに覚えるようにしてください。辞書でも受身形=自動詞として説明されています。それ以外の動詞は普通の受身形と解釈します(特に、~byの形になっているとき)。 |
| Learning, you could say, is also related to compact culture.
Traditionally, Japanese scholars and priests tried to learn as much as possible from the outer world, from China in the ancient times, from Europe during the Meiji era, and from the U.S. after World War Ⅱ. The purpose of learning is, in a sense, to pack knowledge into a relatively small brain; perhaps one could offer the act of learning as yet more evidence of Japan's being a compact culture. お願いします;; |
| They believe that entertaining others with high-quality meals at restaurant is a better form of entertainment than ordinary home-made dishes.
It is no wonder that most Japanese imagine a visit by non-Japanese guests to be a burden. Japanese people need to recognize that many non-Japanese prefer to be entertained with ordinary home-made dishes in Japanese people's homes. 彼らは、レストランで他の人を高品質の食事で楽しませることが普通の家庭料理より良いエンターテイメントの形であると思っています。 大部分の日本人が外国人の客による訪問を重荷であると想像するのも不思議ではありません。 日本人は、多くの外国人が日本人の家で普通の家庭料理を楽しむのを好むと認める必要があります。 |
| To make developing countries more willing to contribute to the efforts, the leading powers are considering declaring in the G-8 statement their commitment to slash emissions by more than 80 percent by the middle of the century.
The G-8 countries are also considering having their joint statement mention a goal of limiting the rise of the Earth's temperature within 2 degrees above levels before the Industrial Revolution. An agreement on this target would mean the leading nations share a scientific consensus on the danger point of global warming. That would be a significant step forward. より努力に貢献する気持ちがある発展途上国に着くために、主要な大国は、主要8ヶ国声明において世紀の中頃によって放出を80パーセント以上削減する彼らの約束を宣言することを検討しています。 主要8カ国は、彼らの共同声明に産業革命の前にレベルを上回って2度以内に地球の温度の上昇を制限するゴールに言及させることを検討してもいます。 この目標に関する合意は、主要な国が地球温暖化の危険点についての科学的なコンセンサスを共有することを意味します。 それは、重要な前進です。 |