| 辞書で下記の例文があり、
He was most anxious to be informed as soon as you should arrive. 「shouldは仮定法相当語句を導く。」と説明されているんですが、仮定法相当語句ってなんですか? |
| ある問題集の一問です。
Getting some exercise is good for the health,but it will be meaningless if you drink too much afterwards. 文中の it は何をさすか?という問題なんですが、解答は if you drink too much afterwards となっています。 it が if節の内容を受ける用法があるのは知っていますが、上記の文の場合の it は Getting some exercise を指していると解釈すべきじゃないでしょうか? |
| ある英訳問題で at the end of the First World War という句があり、、正解の訳は「第一次世界大戦が終わったときに、、、」となっています。
しかし、 at the end of ~ は「~の終末に」と訳すのが正しいのではないでしょうか? よく at the end of the party という句を見かけますが、「パーティーが終わったときに、、、」とは訳さず「パーティーの終わりに(終末に)」と訳しますよね? この英訳問題の正解は間違っていますよね? |
| She used to visit the field hospital on Christmas Day every year.
field hospital に the がついていますが、おかしくないですか? hospital に the が付くのは、入退院の時と前置詞のあとだけですよね? 何故この文では the が付くのか教えてください。 宜しくお願いします。 |
| haveを訳すと、「使役」と「経験」の意味がでてきます。
例) I had my secretary call him yesterday.(使役) I had someone pick my pocket in a train yesterday. (経験) これは何故なのでしょうか? また、これに関する論文を書きたいのですが、良い文献を教えていただきたいです。 |
| I had my secretary call him yesterday.
I had someone pick my pocket in a train yesterday. これはどちらも(使役)ですよ。 スリに遭ったのが主語の意図ではないことから(使役)ではないと思われたのでしょうが、 この have の使い方を指して(使役)というわけです。 また、2つ目の目的語が、someone のような場合は I had my pocket picked in a train yesterday. ...になるのが普通で、これも(使役)です。 |
| RZ さん,
> これは何故なのでしょうか? > また、これに関する論文を書きたいのですが、良い文献 > を教えていただきたいです。 使役の have の「使役」と「経験」の意味についてですが,大修館の『[最新]英語構文事典』が参考になると思います。解説では Ritter & Rosen の説が紹介されていますが,その他にも2つばかり参考文献が挙げられています。 |
| 使役動詞 have の意味について検索したところ、「使役」と「経験」の意味があると明記されていました。勉強不足で失礼しました。
以下、私の考えなので、参考にしなくて結構ですが... >これは何故なのでしょうか? 二つ目の文章 I had someone pick my pocket in a train yesterday. ここで、使役動詞 have を使わないと Someone picked my pocket in a train yesterday. My pocket was picked in a train yesterday. ...になってしまうので、自らの体験を語る上で I を主語にするには使役動詞 have を使うしかなく、また便利だから。 |
| 質問1
「~してうれしい」は、I'm glad to ~ ですが、 「~して(も)うれしくない」は、どのように言うのでしょうか。 単に、I'm not glad to ~ でよいのでしょうか。 質問2 「あなたは“何を”食べたときに、お腹が痛くなるのですか」のように、 尋ねたい語句が従属節中にある場合、 どのような疑問文の形になるのでしょうか。 ご意見をお聞かせください。 よろしくお願いします。 |
| 1. いいです。
2. <参考訳> What food causes you a stmach ache (when you eat it)? 従属節というのは日本語の問題であって、英語では主節です。 |
| ありがとうございます。
質問2のご回答についてですが、 日本語のように従属節のまま疑問文を作る仕組みがないということでしょうか。 すなわち、このタイプの疑問文はすべて、 尋ねたい部分が主節になるように言い換えるしかないのでしょうか。 |
| >質問2のご回答についてですが、
日本語のように従属節のまま疑問文を作る仕組みがないということでしょうか。 すなわち、このタイプの疑問文はすべて、 尋ねたい部分が主節になるように言い換えるしかないのでしょうか。 従属節のまま疑問文を作るしくみがないというわけでもありませんが、ほとんどその必要がないんですよね。日本語と英語では根本的に表現の仕方がちがうので、日本語として自然な文章の直訳が、必ずしも英語として自然な文章になるとは限らないわけです。ですから日本語の言葉や言い回しにとらわれず意味だけを汲んで、自然な英語を作り直す作業が英訳です。 別の例ですが「何をしているとき、一番楽しいですか」を英語にすると… What do you enjoy doing the most? 『~とき』というのは日本語の発想であって、英語にはいらないわけですよ。なくても意味は同じですよね。もはや英語ではこの文にもともと従属節はないわけです。 言いたいことわかります? |
| ありがとうございます。
> 日本語と英語では根本的に表現の仕方がちがうので、日本語として自然な文章の直訳が、必ずしも英語として自然な文章になるとは限らないわけです。 > ですから日本語の言葉や言い回しにとらわれず意味だけを汲んで、自然な英語を作り直す作業が英訳です。 心得ているつもりです。 私の伺った、 > 尋ねたい部分が主節になるように言い換えるしかないのでしょうか。 というのは、まさにこのことでした。 従属節疑問文はほぼ出番が無いのですね。 そのように覚えておきます。 まだ自然な言い換えには苦労しそうです。 あまり挙げてもきりがありませんので1つに致しますが、 「“誰が”来たら、伝えればよいですか」は、 どのような疑問文の形になるのでしょうか。 お願いします。 |
| >「“誰が”来たら、伝えればよいですか」
この文章で… 主語は『私』 動詞は『伝える』 目的語が『誰』 ですよね。そこで基本的なストラクチャーは… Who should I tell (this)? これに附帯状況として『来たら』を付け加えて… Who should I tell (this) when he or she comes? …みたいにするしかないですよね。 |
| >主語は『私』
>動詞は『伝える』 >目的語が『誰』 ごめんなさい。 そのようにも解釈できる書き方をしてしまっていましたね。 (なるほど、この場合は、主節と従属節の主語を入れ替えることで表現可能なのですね。) 本当は、 「誰が来たら、(その人が来たということをあなたに)伝えればよいですか」 という意味のつもりでした。 この場合は、 「誰の来訪をあなたに伝えればよいですか」 のような、従属節を伴わない意訳をして考えればよいでしょうか。 |
| >「誰が来たら、(その人が来たということをあなたに)伝えればよいですか」
Who do I have to tell you has come? Whose visit do I have to tell you about (when someone visits us)? こんなとこですかね(私の英語力では) >この場合は、主節と従属節の主語を入れ替えることで表現可能なのですね。 主節と従属節が入れ替わることはよくあることで、「私が本を読んでいると、彼が入ってきた」を英訳すると I was reading a book when he came in. ...のように、継続する方が主節にくることが多いです。 |
| Figure skating is one of the most pleasing sports to watch.I find it absolute joy to watch.
この it は to watch の仮目的語でしょうか? それとも figure skating を指しているのでしょうか? もし to watch の仮目的語であれば watch に続いて figure skating もしくは it がなくてはおかしいと思うのですが、「find + 名詞 + 名詞」のどちらの名詞も後ろから「to watch」で修飾してみても意味がとおりません。 一体どちらが正しいのでしょうか? |
| 下記の二つの文の意味の違いを教えてください。
We will offer assistance to children. We will be offering assistance to children. 宜しくお願いします。 |
| 例えば、
One of the children [ ] crying. という英文のとき、 [ ]に入れられるbe動詞は is, areどちらか教えてください。 |
| 険しい山道を登る骨折りは一通りではないが、歩一歩と見晴らしが開けていくのはなんとも言えぬ心地だ。
It is true,we have a very hard time when we climb a steep mountain pass,but no words can convey the happy feelings we have when, looking down, we see a greater distance the higher up we go. 上の訳が下の文なのですがthe higherはseeの補語として考えて間違いないでしょうか?直訳→見下ろした時、長い距離が私たちが高く登っている距離だと分かったとき。 |
| The readings in this textbook include information on such diverse cultual areas as communicating with Americans,studying in the United States.
どんな訳になりますか? |
| introduceについての質問なのですが、「校長は生徒たちに新任の先生を紹介した」という日本語を英訳すると The principal introduced a new teacher to the students.となり、この場合は、(人)を<…>に紹介するという使い方となっています。また、「毎年パリの新しいファッションが日本に取り入れられる」を英訳すると、New Paris fashions are introduced into Japan every year.となり、この場合は、(新しいもの)を<…に>取り入れるという使い方になっています。それから、「彼は私にタンゴの手ほどきをしてくれた」を英訳すると、He introduced me to the tango.となり、この場合は、(人)に<技術などを>手ほどきするという使い方となっています。
ここで質問があるのですが、最初の(人)を<…に>紹介する The principle introduced a new teacher to the students.「校長は生徒たちに親任の先生を紹介した。」の場合、「~を」に当たる部分が動詞の後ろに来て、「~に」に当たる部分が前置詞 toの後ろに来るのに対し、(人)に<技術などを>手ほどきする、初めて教える He introduced me to the tango.「彼は私にタンゴの手ほどきをしてくれた」の場合、「~を」に当たる部分が前置詞toの後ろに来て、「~に」に当たる部分が動詞の後ろに来ます。なぜ最初の場合には「~に」に当たる部分はto 不定詞の後ろに来るのに対して、後の場合には「~に」に当たる部分は動詞の後ろに来るのでしょうか。これはひょっとすると、「私」を「タンゴ」に紹介したという発想だからそうなるのかなと思っているのですがはっきりとはわかりません。どなたか、回答もしくはアドバイスをいただければ嬉しいです。 |
| I have studied English for three years.
は普通は現在完了の継続で 私は3年間英語を勉強してきました。 になると思います。 質問ですが、上の文が現在完了の経験で、 私は3年間英語を勉強したことがあります。 になることはありますか。 よろしくお願いします。 |
| 数人のネイティブに聞いてみました。
ネイティブでも色々意見があったけれど、まとめは I have studied English for three years. は継続で I started studying English three years ago and have continued to study it regularly or habitually up to now. の意味だそうです。 今は英語を勉強していない場合だと過去形で I studied English for three years. になるそうです。 |
| lily さん,
> I have studied English for three years. は, > 私は3年間英語を勉強したことがあります。 の意味(経験)も可能です。研究社『英文法の再発見』で確認できます。 |
| はじめまして。
教育学部英語教育学科の学生ですが、この疑問興味がありましたので、Brent de Chene著『英文法の再発見』で調べた結果、4.2章、p.30に次の説明がありました。 ---引用開始--- (1) For a year, he lived in Rome. 彼は1年間ローマに住んだ。 (2) For a year, he has lived in Rome. 彼は1年前からローマに住んでいる。 for NPの場合は、事情が多少複雑である。特に、完了文のfor NPを文末に置くと、文頭にあるfor NPの場合には見られない解釈が生じる(例文(3)((2)と比較))。 (3) He has lived in Rome for a year. 彼は1年前からローマに住んでいる。(=(2)) 彼は1年間ローマに住んだことがある。 ---引用終了--- これについて私も多少疑問を持ちましたので、文学部英語学科の研究室にお邪魔し、米国から来られた教授に見解を伺いました。教授の説明の趣旨は、例文(3)は文法上では継続と体験に解釈できるが、現実には継続用法で用いられることがほとんどで、体験用法は今はローマに住んでいないというような背景を知っているなどの場合に限られるということでした。 参考になれば幸いです。 |
| 皆様ご回答ありがとうございました。
ネイティブの方の意見、書籍、米国の教授の見解、ためになりました。 文法的には解釈できても現実には使用が限られると納得しました。 |
| [7783] カツ さんの,
> 教授の説明の趣旨は、例文(3)は文法上では継続と体験に > 解釈できるが、現実には継続用法で用いられることがほ > とんどで、体験用法は今はローマに住んでいないという > ような背景を知っているなどの場合に限られるというこ > とでした。 についてですが,これはちょっと問題のある説明だと思います。「使用が限られる」は不適切で,正確には「文脈による」とすべきでしょう。 [7793] lily さんの, > 文法的には解釈できても現実には使用が限られると納得しました。 は,「理屈は可能だが現実にはそのような言い方はあまりしない」といった誤解を含んでいるような気配が感じられます。 もちろん,そうでなければよいのですが,万が一を考えて以下コメントします。 米国の教授という方のおっしゃる「体験用法は今はローマに住んでいないというような背景を知っているなどの場合に限られる」は,具体的にはこういうことです。 「私」がアメリカ人で,今アメリカにいるという文脈で "I have lived in Japan for three years." と言えば,「3年間ずっと日本に住んでいる(今も日本にいる)」という「継続」の意味になるはずがないので,当然「私は3年間日本に住んでいたことがある」の「経験」として理解される。 これは,使い方が「限定される」ということではなくて,文脈次第で意味が異なる,ということにほかなりません。 こういった経験を表す状況は決して「稀」ではありませんので,対応する英文も「稀」ということはない。その点は強調しておきたいと思います。 上の説明を補充する意味で,類似の問題を扱った参考書の記述をご紹介します。 開拓社『現代英文法講義』pp.135-6では, > 次のような文は,期間を表す句を伴っている点で,普通,<継続>を表すとされるが,<存在>を表す場合もあるので,十分な脈絡がなければ二とおりにあいまいである。 > > (7) Harry has been in Bali _for two days_. > > a. 継続:「ハリーは,2日前からバリ島にいる」 > b. 存在:「ハリーは,2日間バリ島にいたことがある」 と書いています。「文脈こそすべて」ということです。(<存在>とあるのは,いわゆる「経験」のこと) それから,今まで,live, be といった状態を表す動詞のケースばかりとりあげて来たわけですが,元質問にある study のような習慣的行為を表す動詞については,一般的に進行形がとれるので,ちょっと話が違ってくるようです。以下,研究社『講座・学校英文法の基礎4』pp.115-7,大修館『英語語法大事典1』pp.609-610 を参考に書きますが, <継続>はふつう現在完了進行形で表現される。 a. They've been studying English for three years. 進行形でない場合,<経験>を表す。 a'. They've studied English for three years. といったような説明がなされています。(ただし,最近の本である『現代英文法講義』にはこのような指摘はなく,それ(=指摘なし)が最近の用法の傾向を反映したものなのか,あるいは異なる見解があるということなのかはさらに調べてみないとわかりません。) 最後に,今回の質問でポイントになるのは,for 〜という期間を表す副詞句が「現在完了の継続の意味を確定させる決定的な指標にならない」ということです。for 〜があったからといって,継続とは限らない。継続自体は have been studying のように進行形を使えば間違いなく表現できるが,そうでない場合は「文脈次第」です。このことは是非おさえておくべきだと思います。 |
| lilyさんの結論で正しいと思いましたので敢えて返信します。
紹介させていただいた米国の教授の説明も、文法上も実用上も踏まえて正しいものです。 より信頼性の高い情報を拠り所にするために、大学の図書館で英米の有名大学と教育関係で有名な出版社の文献を調べてみました。その中から二、三紹介します。 Ron Cowan著 『The Teacher's Grammar of English』 Cambridge Univ., 2008 Chapter 16, P.387 ---引用開始--- To demonstrate the effect of context on the choice between the simple past and present perfect, you could begin with pairs of sentences containing a stative verb and a temporal phrase of duration beginning with for, for example, I have lived in Montreal for six years. vs. I lived in Montreal for six years. Point out that the sentence with the present perfect implies that you are still living in Montreal, but the sentence with the simple past tense states that you lived there sometime in the past. ---引用終了--- Linda Bates著 『Transitions, Second Edition』 Cambridge Univ.、1998 Chapter 4, P.88 ---引用開始--- Habitual or Recurring Events. Finally, the present perfect is used to describe a habit or event that has been recurring within a time period leading up to the present: I have watched my mother perform the tea ceremony many times. In choosing between the past or present perfect tenses, a writer uses the past tense to describe a past habit or sequence of events that occurred within a time period that is all in the past - that is, a time period that does not come up to present time. (There is a gap between this past time period and present time.) Past Tense: My grandmother used her tea set for sixty years. However, a writer chooses the present perfect to indicate a habit or sequence of events occurring in a time period that begins in past time and continues at least into the present time. The present perfect tense may also suggest that the habit or recurring event may continue into the future. Present Perfect Tense: I have performed the tea ceremony for only four years. ---引用終了--- Geoffrey Leech & Jan Svartvik著 『A Communicative Grammar of English』 Pearson Education, 2002 Part 2, Section A, P.69 ---引用開始--- The past tense is used when the past happening is related to a definite time, in the past, which we may all 'then'. Hence the simple past tense means 'past-happening-related-to-past-time'. He was in prison for ten years. (this probably means 'Now he's out') In contrast, the perfect aspect is used for a past happening which is seen in relation to a later event or time. Thus the present perfect means 'past-happening-related-to-present-time'. For example: He has been in prison for ten years. (this probably means 'He's still there') ---引用終了--- 紹介した文献では過去形と現在完了の対比で説明している通り、forで期間を示す句と現在完了が用いられた文では、状態と習慣が現在まで継続することを意味すると見るのが一般的で、英語を母語とする人々も普通はそう作文し解釈し、英語教育でもそう教えています。 |
| > より信頼性の高い情報を拠り所にするために、大学の図
> 書館で英米の有名大学と教育関係で有名な出版社の文献 > を調べてみました。[7826] 「より高い信頼性」とは,「より有名な大学・出版社の出版物」かどうかによる,というわけですね? 私が「拠り所」にした,たとえば安藤先生の『現代英文法講義』の情報より,Ron Cowan著 『The Teacher's Grammar of English』の情報ほうが「より信頼性が高い」。逆の言い方をすれば,前者は後者より信用できない。なぜかというと,ひとえに後者のほうの大学・出版社が有名だから!? 学者・研究者の業績たる出版物の評価が,中身を見るまでもなく,ただただ出版社や大学の知名度で決まるというわけですか!! 「有名大学出版のより信頼できる」Ron Cowan,Linda Bates,Geoffrey Leech & Jan Svartvikからの引用,および, > 紹介した文献では過去形と現在完了の対比で説明してい > る通り、forで期間を示す句と現在完了が用いられた文で > は、状態と習慣が現在まで継続することを意味すると見 > るのが一般的 というコメントですが,これは安藤先生の「普通,<継続>を表すとされる」を言い換えたに過ぎない内容です。Leech の本など,『現代英文法講義』の reference にのっています。前提とされていることを再度とりあげなおして何か意味があるのでしょうか。 ごく普通に考えれば,問題となるのは,その先の「<存在>を表すことがある」といった安藤先生の指摘ではないかと思います。「経験」の意味かどうかは文脈次第である,ということに対して異議なり反論なりがあってしかるべきでしょう。 だとすると何で,「経験」について言及している本を探して,「現在完了+ for」は「経験を表すことはない」とか「経験を表すことはまれ」ということを示そうとしないのか。3つの「より信頼性の高い」本の引用には,「経験」の意味について一言も書かれていません。 > 英語教育でもそう教えています。 「英語教育」についても精通されているんですか? ならばぜひおうかがいしたいのですが,「私は3年間日本に住んだことがあります/英語を勉強したことがあります(経験)」を,英語教育では何と作文すべきと教えているのですか?「現在完了+ for」を使わないで,一般的にどう表現するのか是非教えていただきたいと思います。(その英語表現が「一般的」かつ「適切」と判断できる根拠(典拠)なども当然お示しいただけるものと思います。) 「研究社・大修館・開拓社の出版物がケンブリッジの出版物より信頼性が低い」というような趣旨のことを平気で言えるということ自体,私の理解や常識を超越していますが,これに対してはどんなご返事がうかがえるか楽しみです。 |
| Emanonさん、あなたの返信を読んでいると正直疲れてしまいます。返信ごとにあなたの書いている趣旨が変わって、主張がどちらか分からなくなります。
[7799] Emanonさんで > 「文脈こそすべて」ということです。 と仰っています。ところが [7863] Emanonさんで >「普通,<継続>を表すとされる」を言い換えたに過ぎない内容です。 > Leech の本など,『現代英文法講義』の reference にのっています。 > 前提とされていることを再度とりあげなおして何か意味があるので > しょうか。 と仰っています。あなたの意味する「前提」が皆の認める「真の命題」なら、「文脈こそすべて」と矛盾します。「文脈こそすべて」は「<継続>か<存在>かは文脈だけで解釈される」を意味し、「普通,<継続>を表すとされる」と矛盾します。 [7826] カツで文献を紹介したのは、あなたの「文脈こそすべて」に対抗するために「(普通)<継続>を表すとされる」と説明している文献を紹介するのが目的でした。ところがあなたは趣旨を変えてしまって、[7863] Emanonさんで「普通,<継続>を表すとされる」が前提と仰いました。 [7863] Emanonさん > 「より高い信頼性」とは,「より有名な大学・出版社の出版物」かどうか > による,というわけですね? > 私が「拠り所」にした,たとえば安藤先生の『現代英文法講義』の情報よ > り,Ron Cowan著 『The Teacher's Grammar of English』の情報ほ > うが「より信頼性が高い」。逆の言い方をすれば,前者は後者より信用で > きない。なぜかというと,ひとえに後者のほうの大学・出版社が有名だ > から!? > 学者・研究者の業績たる出版物の評価が,中身を見るまでもなく,ただた > だ出版社や大学の知名度で決まるというわけですか!! Emanonさん、あなたは言葉尻だけとらえて暴論を展開していったい何を仰りたいのでしょうか。 この際言わせていただければ、中身をみるまでもなく片付けているのはあなたのほうです。 [7863] Emanonさん > Leech の本など,『現代英文法講義』の reference にのっています。 Leechの本など『現代英文法講義』のreferenceにのっているから、みる価値もないというわけですか!! [7863] Emanonさん > だとすると何で,「経験」について言及している本を探して,「現在完了 > + for」は「経験を表すことはない」とか「経験を表すことはまれ」と > いうことを示そうとしないのか。3つの「より信頼性の高い」本の引用に > は,「経験」の意味について一言も書かれていません。 わたしは「経験を表すことはない」とか「経験を表すことはまれ」と書いたおぼえはありません。[7783] カツで、1人の米国人教授の「体験用法は今はローマに住んでいないというような背景を知っているなどの場合に限られる」という見解を紹介しました。いうまでもなく「などの場合に限られる」と「まれ」は異なる意味です。彼の見解こそまさに「普通、<継続>を表すとされる」が「限られた場合によって<存在>を表すことがある」という意味です。 「などの場合に限られる」という趣旨を説明している専門書を紹介します。この専門書は最近の動詞句の研究では有名で、英語学の研究室などに行けば大抵置いてあるそうです。この専門書には、「現在完了+forの期間」は強調がなければ必ず<継続>で解釈され、<存在>の解釈には非常に特別な文脈が必要と説明がありました。 Renaat Declerck著『The Grammar of the English Verb Phrase, Volume 1: The Grammar of the English Tense System, A Comprehensive Analysis』 Mouton de Gruyter, 2006 12.12.6 (PP. 614-615) ---引用開始--- A clause using the present perfect and a _for-adverbial_ may sometimes be ambiguous between a continuative and an indefinite interpretation. In the continuative interpretation, the _for-phrase_ indicates a period-up-to-t0 as well as the duration of the situation time: the two time intervals coincide. In the indefinite interpretation, the _for-phrase_ indicates the duration of the full situation, which is shorter than the length of the period-up-to-t0. If a present perfect is ambiguous in this way, the continuative interpretation is always the unmarked one. In fact, the indefinite interpretation requires a very specialized context (as detailed below the examples below). For example, the second example below requires a context in which it is relevant whether or not there has been a three-week period - specifically not a two-week or four-week period - of using "this kind of machine". I have lived in London for three years. (unmarked reading: "I still live in London"; out of context, the indefinite interpretation "There has been a three-year period in my life during which I lived in London" will not be chosen, unless there is a heavy accent on _have_, in which case the sentence contradicts an explicit or implicit claim to the contrary.) We have used this kind of machine for three weeks. (continuative or indefinite; the former interpretation will predominate if there is no indication to the contrary. The indefinite reading requires a contrastive accent on three.) I have helped him with his papers for two years. (ambiguous; the continuative reading is the unmarked one) The indefinite interpretation of the last example is: "Somewhere in a period leading up to now there has been a two-year period when I helped him with his papers, but that period is over now." The markedness of this interpretation is clear from the fact that if we ask what question this sentence could be used to answer, then "Have you ever helped him with his papers for two years?" (meaning "Have you ever done a two-year stint of helping him with his papers?", "Do you have experience of a two-year-helping- him-with-his-paper situation?") is fine, but "Have you ever helped him with his papers?" is not. This means that the _for-Adv-time_ does not form part of the new information provided by the answer and that the nuclear accent in "I have helped him with his papers for two years" is nonetheless used as an answer to "Have you ever helped him with his paper?", then it must be understood as a two-part answer: "Yes, I have helped him, I helped him for two years." ---引用終了--- [7799] Emanonさんでは『英語語法大事典1』大修館書店だけを紹介していますが、それよりも新しい『英語語法大事典(第4集)』大修館書店, 1995の中の、時制, 23, 現在完了か現在完了進行形か(P. 539)には、教員からの質問への回答で、次の説明がありました。 ---引用開始--- あなたは「liveのような動詞では完了形でも完了進行形でもよいと思う」と言われていますが、実際その通りです。が他にも現在完了形と現在完了進行形でたいして意味の違いがなく現在までの継続を表わすことができる動詞がかなりあります。A.J.Thomson & A.V.Martinet, A Practical English Grammar (page 159)(江川泰一郎訳「実例英文法」)では、次の動詞をあげています。 expect, hope, learn, lie, live, look, rain, sit, sleep, snow, stand, stay, study, teach, wait, want, work これらの動詞を見ますと、全部基本的な動詞であり、その中にはあなたが例とされたstudyもwaitも入っています。それゆえ、あなたが上に示された英文に関しては、現在完了形でも現在完了進行形でもよいのです。このように現在完了形で継続を意味するときでも、ときにはさらにその状態が続くことを意味します。したがってこの点でも現在完了進行形と同じです。 ---引用終了--- 『英語語法大事典1』の説明よりも『英語語法大事典(第4集)』の説明のほうが充実していて、lilyさんの質問の文にある動詞のstudyなどの基本的な動詞にも言及しています。なぜ『英語語法大事典1』だけしか紹介しなかったのですか。不信感を抱きました。 『英語語法大事典(第4集)』大修館書店, 1995が引用した文献を紹介します。 Audrey Jean Thomson & Agnès V. Martinet著『A Practical English Grammar』Oxford Univ., 1986 192 (P 172) ---引用開始--- An action which began in the past and is still continuing or has only just finished can, with certain verbs, be expressed by either the present perfect simple or the present perfect continuous. Verbs which can be used in this way include _ expect, hope, learn, lie, live, look, rain, sleep, sit, snow, stand, stay, study, teach, wait, want, work _: How long have you learnt English? How long have you been learning English ? He has slept for ten hours. He has been sleeping for ten hours. It has snowed for a long time. It has been snowing for a long time. ---引用終了--- 結局、[7747] lilyさんの > I have studied English for three years. は「普通は<継続>と解釈され、特別な文脈がある場合などに限り<存在>と解釈されることもある」という結論になると思います。それはDeclerck (2006), Thomson & Martinet (1986), 『英語語法大事典(第4集)』大修館(1995)で裏付けられました。 最初はEmanonさんは英語に詳しく、きちんと文献を調べた上で見解される優秀な方と思いました。けれども前の返信をみたら文献調査もいい加減だし、他人の返信には根拠なくケチをつけるし、自分の返信は趣旨を変えるし、まともに議論できる方でないと分かり、残念です。 最後に[7863] Emanonさんの現在完了の初歩的な質問 > 「私は3年間日本に住んだことがあります/英語を勉強したことがありま > す(経験)」を,英語教育では何と作文すべきと教えているのですか? > 「現在完了+ for」を使わないで,一般的にどう表現するのか是非教え > ていただきたいと思います。(その英語表現が「一般的」かつ「適切」と > 判断できる根拠(典拠)なども当然お示しいただけるものと思います。) にお答えします。 「私は3年間日本に住んだことがあります」は ○ I lived in Japan for three years. × I have lived in Japan for three years. で過去(単純)を使ったほうが正解で、現在完了を使ったほうは誤りになります。根拠は[7826] カツで紹介した文献の説明の通りです。過去(単純)と現在完了の相違点を理解できていれば、出題に「ことがあります(経験)」とあっても、迷わず過去の事実だから過去(単純)を使うべきと分かるはずです。 たとえば出題が「私は3年前に日本に訪れたことがあります」を英訳しなさいでも ○ I visited Japan three years ago. で過去(単純)を使うのと同じです。 |
| 現在完了が基本的にどういう表現なのか,その点を確認の上でコメントしたいと思います。そのために,まず『講座・学校英文法の基礎4』から,現在完了がどういう表現なのかを説明した部分を引用します。
> 過去に生じた,あるいは生じ始めたできごとまたは状態 > を何らかの仕方で現在への関連性(present relevance) > をもったものとして表現する これはどういうことかというと,例えば: 1) He has broken his leg.(現在完了) のような英文は,「彼が(具体的にいつの事か不明だが)足の骨を折った」という明らかな事実に加え「その事実(骨折)が現在に関係している」という,明示されないプラス・アルファの意味を含んだ表現,と言えます。 この「プラス・アルファ」の,いわば「含み」とも言える部分は,状況によって変わります。たとえば,「彼」が病院に運ばれてきたという状況なら「彼の足は折れているまま(His leg is broken now)」ということを含意するでしょうし,処置後の時間がある程度経過したという時の話なら,例えば「足はまだ完治していない」とか「まだ足を引きずって歩いている」といったことを想像させる(そういう含みを持った)表現になることでしょう。 比較のために 2) He broke his leg.(単純過去) はどうなのかというと,現在完了とは違い,「現在」との関連性がなくなります。骨折は単なる過去の出来事に過ぎず,「彼」はもうすでに完治してピンピンしているだろうといった推測が十分可能になります。もちろんそうでない可能性もあるでしょうが,いずれにしろ,現在完了がもつ「含み」の部分がありません。 つまり,現在完了とは,基本的にそのいずれの用法においても「今」が関係してくる表現なのです。 このことを今回問題となった: 3) I have studied English for three years.(※経験) にあてはめれば,この文は,「私は過去のある時期(3年間)英語を勉強した」という事実に加え,それが何らかの形で「今」につながっている(関係している)ことを表すことになります。つまり,3年間の英語学習経験が今も生きている,といった意味がこの英文から十分に想像できるのです。 (※3) が「経験」の意味になり得ることは,『講座・学校英文法の基礎4』などで確認できることはすでにご紹介しました。) これに対して,単純過去の 4) I studied English for three years. では,3年間の英語の勉強は単なる過去の事実に過ぎません。現在完了とは異なり,「今」が全く関係しない。ですから,もし英語の質問をする相手として選ぶのに 3), 4) のどちらの発言者にしますかと問われれば,当然 3) の発言者が選ばれることでしょう。 I have lived in Japan for three years./ I lived in Japan for three years. についても同様のことが言えます。 現在完了と単純過去時制は別の表現であり,その意味するところは異なる。よって,現在完了の意図するところを単純過去で表現することは基本的にできないと言えます。 このことをふまえて,次のコメントを見てください。 > 「私は3年間日本に住んだことがあります」は > > ○ I lived in Japan for three years. > > × I have lived in Japan for three years. > > で過去(単純)を使ったほうが正解で、現在完了を使っ > たほうは誤りになります。根拠は[7826] カツで紹介した > 文献の説明の通りです。 私は,「私は3年間日本に住んだことがあります/英語を勉強したことがあります(経験)」を英語でどう表現するのかと,わざわざカッコ付きで「経験」の意味だと明示して質問しました。もちろん,現在完了における「経験」の意味あいです。 日本に3年間住んだことがある(だから日本については多少の知識があるetc)/英語を3年間勉強したことがある(それが今も生きている)といった「含み」をもった「経験」のニュアンスを,何で過去時制で表現するのが「正しい」と言えるのか。 私にしてみれば,現在完了の基本的な意味を全く理解していないように思えるのですが,いかがですか? さらに, > 根拠は[7826] とされる[7826]では,「現在完了(経験)」の意味を単純過去で表すべきだ,とはどこにも書いてない。現在完了の「継続」の意味を単純過去と比較説明したにすぎない内容です。こんな引用をよく「根拠」として提示できるものだと思います。こういうことを書いて,恥ずかしいとは思わないのでしょうか。 根拠がみつからないのであれば,何でお通いの大学の先生に助言を求めないのでしょう。大学図書館を利用するために大学に入ったわけではないでしょうに。そもそも,最初から身近な専門家のアドバイスを受けていれば, > より信頼性の高い情報を拠り所にするために、大学の図 > 書館で英米の有名大学と教育関係で有名な出版社の文献 > を調べてみました。 などといった,自分の無知をさらけ出すような恥ずかしいことを書かずに済んだことでしょう。 今からでも遅くないですから,大学の英語の先生の助けを借りて,「より信頼性の高い(?)」適切な本を教えてもらい,自分の主張の根拠となるものをきちんと示してください。 もっとも,私が今まで現在完了についてコツコツ調べてきた経験から判断すれば,「現在完了の経験」は「過去時制」で表すものだなどということを言っている専門家はいないと思います。 学部の1学生が「有名大学」の参考書を3つ調べて「正しい」と判断できるレベルのことでしたら,日本の英語および英語教育の専門家がきちんと取り上げて参考書に書かないわけがないでしょう。 私がご紹介した『講座・学校英文法の基礎』(全9巻)は最近の本ではありませんが,学校の英語の先生用に書かれた参考書です。英語を教えていた友人から勧められて購入した本ですが,私はずいぶん参考にさせていただいています。そこに "They've studied English for three years." は「経験を表すといえる」と明記されています。しかし,「その経験の意味は本来過去時制で表すのが正しい」などとは一言も書いてありません。 最近出た『現代英文法講義』もここでとりあげましたが,この本にもそんなことは書いてない。それもそのはずで,「今に生きる経験のニュアンス」は現在完了だからこそ表せるものだからです。 これらの著者の先生方は,どこぞの大学の学生の判断力より劣っているということはあり得ないことでしょう。ということは誰がおかしなことを言っているかは私にしてみればあまりに明白なことです。 しかし,異なる認識を持つ専門家がもしかすると一人や二人いるかも知れませんので,万が一のことを考えて,ここでは断定を一応控え,そちらの大学の先生がどんな根拠(典拠)を示してくれるかを待ってみようと思います。 ただ,いかなる形にせよ,根拠を示すことができないのであれば,私としては自分の見解(および私が参考にした文献の記述)に何ら問題なしという結論でこのお話にピリオドを打ちたいと思います。その際は,さらなるコメントは無用に願います。根拠のない話をいくらされても意味がありませんから。 |
| Emanonさん、あなたからまともな返信は期待していませんでしたが、わたしの前の指摘にまともに反論も応答もしないで、あなたは話をそらして勝手に暴論を展開して根拠もなくわたしを誹謗中傷しているだけです。
論点は「現在完了+forの期間」がどのようなときに<存在>を表すかでした。あなたはわたしが紹介した文献に対抗できる根拠がないとみえて都合が悪くなったためか、話を現在完了の基礎にそらして意味もなく適当な書籍名だけ出して戯言を並べただけです。 因みに<経験>についていえば、たとえばあなたが[7863] EmanonさんであしらったLeech & Svartvik『A Communicative Grammar of English』の125(P.70)にも、米英語では<経験>でもしばしば過去形が好まれると説明があります。 Emanonさん、あなたは手持ちの書籍だけを崇めてその狭い世界に閉じこもり、他の書籍には無関心か見もせずに不当に否定しているだけということがあなたの度重なる返信でよく分かりました。あなたの書いた内容はあなた自身の性格の醜さ、無知、無学、真理の追究への無関心、まともな議論の放棄を浮き彫りにしたものでした。 これ以上あなたと付き合っても掲示板が荒れるだけで時間が無駄ですから、わたしの返信はこれを最後にします。これ以上暴論を展開しようと戯言を並ようとあなたの勝手です。わたしはこれ以上付き合いません。 管理人さん、ご迷惑をおかけしていたらお詫びします。掲示板のポリシーに違反するところがあれば、お手数ですがどうぞ削除してください。 lilyさん、あなたの質問がこのような展開になってご迷惑をおかけしていたらお詫びします。 |
| > Leech & Svartvik『A Communicative Grammar of
> English』の125(P.70)にも、米英語では<経験>でもし > ばしば過去形が好まれると説明があります。 現在完了の「経験」を過去時制で表すのが「正しい」というのはどこに書いてありましたか? 勘違いしてもらっては困るのですが,私は「正しい」と言える,つまり「単純過去時制にしなければいけない」というしっかりした「根拠」を示すよう求めたのです。米語で何が「好まれる」かが,どうして「正しい」ということの根拠になるんでしょうか。 日本語の例で説明します。 「見れる・食べれる」といった非文法的な「ら抜き言葉」が今はごく普通に使われるようになりましたが,この現象を記述的な意味で: 日常会話では「見れる・食べれる」が「見られる・食べられる」より好まれる と書く日本語文法の本があったとしても,それはおかしな話ではないかも知れません。しかし,学校で国語を教える場合,「正しい」として教えられるのは,間違いなく「見られる・食べられる」の方です。 英語でも同じようなことが言えます。学校教育では,「正しい」かどうか,即ち,規範的かどうかが問題になります。ですから,Leech & Svartvik にそのことがもし書いてあったのなら,それこそ根拠として書くべきでしょう。「好まれる」では話にならないわけです。では何でそんな無関係なことをわざわざ書くのか。 Leech の "A Communicative Grammar of English" は,『講座・学校英文法の基礎』によると, > 大学一年生程度の学力をもつ学生の英語による伝達能力を高めるために書かれたもの だそうで,少なくとも学校教育で重要になる「規範文法」をテーマにしたものではないようです。上に書いたように,「正しい」かどうかというのは,要するに規範の話ですから,そういうことを中心に扱っている参考書をまずピックアップして調べようと「普通」は考えるはず(私でしたら,当然『講座・学校英文法の基礎』を見ます)なのですが,そうならない。 では何でこんなスジの通らないことを平気でコメントできるのかというと,すでに明らかになっているように,参考書についての知識が全くないからなのです。無知だから何でもカンでも「有名」なものに飛びつくことしかできない。(「有名」といったら「ケンブリッジ」らしい。) しかも,英語の基本的知識がないので,誤った推測をし,その根拠だと称して無関係な引用ばかりを並べ立てる。実際,現在完了とは一体どういう表現なのかという,「基本的中の基本」さえ知らないで誤った推論をし,根拠にならない引用をこれでもかこれでもかと書き並べました。 一連のやり取りを見れば,誰もが「何で身近にいる教育学部英語教育学科の先生のところへ行かないのだろう」と思うはずです。英語教育学科なら英語教育の専門家が当然いるわけでしょう。せいぜい高卒程度の英語の力しかない学生が,何でそういう人に教えを請わないのか。 > 文学部英語学科の研究室にお邪魔し、米国から来られた教授に見解を伺いました という人が,所属する教育学部英語教育学科の研究室には何で「お邪魔」しないのか。 この際はっきり書きますが,これまでの発言のみから判断するに,「カツ」という名前でここに出て来た人は,今はやりの「おバカ」タレントの学生版だと思われます。それ以下かも知れません。「おバカ」タレントは少なくとも面白いと思う人がいるようですが,「おバカ」学生の専門家ゴッコは,正直「吐き気」を催しますから。 現在完了についての質問にコメントしようという人間が,現在完了の基本的意味を知らない!しかも,それを指摘されて「誹謗・中傷」だという。「おバカ」学生の化けの皮をはがしたことが「誹謗・中傷」,即ち「悪口」なのだそうです。価値を貶めようにも,「価値そのもの」がない人間に,どうして誹謗中傷が可能なんでしょう。思い上がりもいい加減にしてもらいたいものです。 最後に,この「上級者用掲示板」には,英語の研究者・学者レベルの文法・語法に詳しいは一人も参加されていないようで,質問内容から見ても,圧倒的に英語初心者が多いようです。ですから,これまでのやりとりを見て,何が正しいのか判断できない人がほとんどではないかと思います。おそらく,「米国から来た教授」とか「ケンブリッジ」とか,英文の引用を並べられると,それだけで何やら高級で正しいと勘違いする人もいるかも知れません。そういうことになるといけないので,もし可能であるなら,ここでのやりとりを専門的な知識を持った方(例えば学校の先生)に見てもらって,そのご意見を参考に判断するようにしてください。 |
| 初めて投稿させていただきます。
よろしくお願いします。 2つの単語の意味の違いについてではないのですが、例えば、 "ケガをしちゃったぁ!"という表現を、 I was injured.またはI was hurt. ということは可能かと思うのですが・・・ これに体の部分を入れたい場合、電子辞書(ジーニアス英和大辞典)で調べてみたところ、 She was hurt in the leg.とは言わない。 また、hurtでも同様に、She was hurt in the leg.とは言わない。 とありました。 これは、前置詞の問題でダメなのでしょうか? onであれば可能なのですか? (He was injured on both arms.は辞書にありました。) inには、出来事などが続いていることが多いので そのように使い分けるのかと思いきや、 be injured in the hand が例文として載っていました. この部分はどのように理解したらいいのでしょうか? |
| I think English people's handwriting is more individual than Japanese people's, so I think it's quite hard for Japanese people to read,
whereas Japanese people's handwriting is well-balanced and well-shaped,it seems to me. 最後の it seems to me. が繋がるのはどんな文法上の理屈ですか? |
| He is a good pianist, I think.
= I think that he is a good pianist. Japanese people’s handwriting is well-balanced and well-shaped, it seems to me. = it seems to me that Japanese people’s handwriting is well-balanced and well-shaped. こういうことではないですか? もちろん厳密なイコールではないでしょうが。 |
| 推量のwouldは、仮定法であり、時制の一致はしないと聞きましたが。
一方、willは間接話法などで、意志未来および単純[必然的]未来において、時制の一致が行われ、推量のwillの場合は時制の一致はしないと聞きました。そうすると下の2のような文もありうるということでしょうか。 1) He said that would be the tower of London.(あれがロンドン塔だろうと彼は言った) 2) He said that will be the tower of London.(あれがロンドン塔だろうと彼は言った) ちなみに私はwillにおける単純未来と推量の違いがはっきり理解できません。例えば、I will be 20 next year. などは単純未来であることはわかりますが、 3) The radio says it will rain tomorrow. 4) You will be disappointed if you hear her sing. などの用例では単純未来と推量のどちらにもとれるような気がします。 実際にある辞書には単純未来として、別の辞書には推量の例文としてある場合もあります。「推量する」とは「(現在および未来の事情や心情を)おしはかること」という意味だとすると単純未来と区別がつかなくなる場合もあるように思われます。 辞書等には単純未来の意味は「~することになる・~だろう」、推量は「~だろう」とされてますのでますます区別がつきません。 もっとも文法的に単純未来と推量いづれであってもさほど、英訳、和訳する場合においてさほど問題にはならないとは考えますが、(私にとって)問題なのは間接話法などでwillが単純未来の場合時制の一致が必要で、推量の場合時制の一致の必要ないならば(やはり)その2つを区別する必要があると考えたからです。どなたか、私の疑問を解決して下さる方いらっしゃいましたらご教示願います。 |
| こんにちは。
>推量のwouldは、仮定法であり、時制の一致はしないと聞きましたが。 そうです。時制の一致とはあくまで意味伝達の正確さを期すというだけの話で、現実にそういう時制になっているからそうするというだけのことです。つまり、外部要因によって決まること。しかし、仮定法とか丁寧表現は話者の気持ちの表現なので、そういった外部要因がありません。そのため、互いに影響を与えないのです。 >一方、willは間接話法などで、意志未来および単純[必然的]未来において、時制の一致が行われ、推量のwillの場合は時制の一致はしないと聞きました。 そうです。ただ、意思未来の場合、He said he would go there. などが該当すると思いますが、「かも知れない」などの意味との区別がつきにくいので、He said he wanted to go there. のような表現にするのが普通だと思います。 >そうすると下の2のような文もありうるということでしょうか。 >1) He said that would be the tower of London.(あれがロンドン塔だろうと彼は言った) >2) He said that will be the tower of London.(あれがロンドン塔だろうと彼は言った) 2のほうはおかしな文です。1の文のwouldは、モーダル、つまり、話者の評価を表していて、具体的には余り内容に自信がない、推測だということを表しています。I think that would be the tower of London. となっても自然ですから、このwould は推量を表しています。よって、時制の一致は受けない。 G4のwillの推量の項には、That will be John, I expect. 戸口に誰かが来たのを知って、「あれはジョンでしょう、そう思う」のような訳が当てられています。確かに推量なのですが、ジョンだと判明するのは未来のことなのでその意味で、will がここでは使えるということだと思います。つまり、will は、必然的に未来、まだ実現していない時を表すのです。その意味で、2の文章は成立しないということです。 ですから、「推量のwillの場合は時制の一致はしない」と言っても、普通の用法ではwould を推量として使うので、それがwillに変わることがないと言う意味だと思います。より正確に言えば、willが未来に関する推量であるときは、過去時制の中で使えないと言うことかと思います。 >ちなみに私はwillにおける単純未来と推量の違いがはっきり理解できません。例えば、I will be 20 next year. などは単純未来であることはわかりますが、 >3) The radio says it will rain tomorrow. >4) You will be disappointed if you hear her sing. >などの用例では単純未来と推量のどちらにもとれるような気がします。 実際にある辞書には単純未来として、別の辞書には推量の例文としてある場合もあります。「推量する」とは「(現在および未来の事情や心情を)おしはかること」という意味だとすると単純未来と区別がつかなくなる場合もあるように思われます。 そうです。もともと、未来と言うのは実現していないので、どうしても推量と言うニュアンスが入り込んでしまうのです。 >辞書等には単純未来の意味は「~することになる・~だろう」、推量は「~だろう」とされてますのでますます区別がつきません。 だれでも、そうです。 >もっとも文法的に単純未来と推量いづれであってもさほど、英訳、和訳する場合においてさほど問題にはならないとは考えますが、(私にとって)問題なのは間接話法などでwillが単純未来の場合時制の一致が必要で、推量の場合時制の一致の必要ないならば(やはり)その2つを区別する必要があると考えたからです。どなたか、私の疑問を解決して下さる方いらっしゃいましたらご教示願います。 多分、具体的な文章があれば、そんなに迷うことはないと思います。もう少し具体的に迷うような例があれば、皆さん、回答をしてくれるのでは? |
| 下線部を基本動詞を用いた慣用表現に書き換える問題です
下線部の部分は⇒の後の語句です 1.He will recover from the cold in a week. ⇒recover from 2.Please explain your project in easy words. ⇒explain 3.My watch is correct. ⇒is correct 4.Remove your shoes here. ⇒Remove 5.We could not understand what he intended to do. ⇒understand よろしくお願いします。 |
| It goes to show two thing.
どういう意味ですか? |
| [二つのことが証明される]では、
It shows two things. でいいのではないでしょうか? 何故、go to が入るのでしょうか? |
| G4には、「役立つ・資する」という意味になっています。例文として、That just goes to show/prove that you are a liar. : 「それはただ君がうそつきだということを示す・証明するだけだ」が載っています。 |
| prove = go to show です。
go to prove にはなりません そのつもりで書かれたなら proves になるはずです |
| As bacteria decompose drying organic lake deposits,they become combustible.
「バクテリアが、乾燥している湖の堆積物を分解すると、堆積物は可燃性になる。」 この中の「乾燥している」を「乾燥していく」と表現するには、どうしたらよいのでしょうか? |